【田園の水鏡が映す復旧・復興/震災後の豪雨災害に失意】
能登はやさしや土までも--。石川県能登地方の人々の温かさ、根底にある芯の強さ、そして風土を表す言葉を体現するかのように、「令和6年能登半島地震」と「令和6年奥能登豪雨」の被災地は在りし日の姿を取り戻しつつある。その象徴は道路、河川などのインフラと同様に、土を根源とする農地・農業水利施設だ。震災発生から3度目の春を迎え、営農者と行政機関、建設産業の奮闘は、田園に広がり始めた水鏡が映し出している。
能登最大の農業法人・すえひろ(石川県珠洲市、末政博司代表取締役)に所属する政田将昭氏は「正直、豪雨で完全に力が抜けた。地震よりもつらかった」と当時の胸中を打ち明ける。この率直な思いは、営農者に限らず全ての地域住民に共通する。
2023年は、記録的猛暑の影響で全国的に一等米比率が低下した。同社では暑さに強い品種の導入を検討するなど、次期の作付けに力を入れていた。社員一人ひとりの意欲も高く、「年明けから肥料、資材を発注できるように、23年内に段取りを組んだ上で仕事納めをした」という。
気勢をそぐかのように、24年元日、最大震度7を記録した能登半島地震が発生した。幸いにも社員とその家族は無事だったものの、社有の建物、設備は大きな被害を受けた。「田んぼの状況も気になっていた」ため、深い混乱の中で集まった他の社員と共に1月20日過ぎから管理圃場(ほじょう)の点検を始めた。
結果として、複数の耕作面で亀裂や傾きなどが確認された。ただ、想定内の被害状況だった。裏を返せば「水さえ張れれば、田植えができる場所も少なくなかった」ことから、用水の確保を営農再開への最優先事項に据えた。
約1カ月をかけて、水路とため池の破損状況を徹底的に調査し、新たな導水経路と取水に必要な仮設ポンプの設置箇所を確定した。仮設ポンプは行政機関が調達、災害協定を結ぶ建設関連団体の会員企業が設置作業を担った。
こうした官民一体の緊急・応急復旧を通じて、106haに上る同社管理圃場のうち、83haで作付けが実現した。
24年6月以降、石川県では気温・日照時間が平年を上回った。全もみ数は「平年並みもしくはやや多い」(農林水産省発表)と予想され、能登地方でも一定の収穫が見込まれた。
すえひろは、8月下旬から稲刈りに着手、9月中旬には早生(わせ)品種を中心に全体の3割強の刈り取りが完了していた。また、連休初日の9月21日から雨予報が出ていたため、「念のため、運送業者にお願いして、自社の倉庫で保管していた米のほとんどを急いで前日(20日)までに出荷した」。
米を載せたトラックと入れ替わるように、強い雨をもたらす線状降水帯が能登地方を覆っていった…。
(7面に続く)
