東京駅八重洲口を出発したのは日付が変わったころだろうか。深夜の高速道路は救援物資を積んだトラックが列をなし、物々しい雰囲気とともに非常時であることを改めて突きつけた◆朝を迎えても薄暗い盛岡駅前でバスを乗り換え三陸の街へ。発災から1週間。過疎化の進む中でも、そこに確かに息づいていた人々の暮らしや営みは跡形もなく、ただ風の音だけが聞こえていた◆「ここまで来たらもうひと息だ」。帰省するたびに目印としていた、その赤い橋を渡った先に広がる光景を目にした衝撃は、重く沈み込むように今も胸の奥に残る◆日常の隣り合わせにある非日常。そこに明確な境目はなく不連続の連続なのかもしれない。今できることは何か、絶えず考え、少しずつでも着実に実行する。その積み重ねの先に明日の日常がある。
