九州の電力供給の基盤を築いた経済人で、茶人や俳人としても知られる内本浩亮(1885-1977年)の茶室「總庵(そうあん)」が敷地売却による解体の危機に直面している。2027年末までに建物を除却か移築して土地を引き渡す必要があり、清水建設の社員らが発足した「観魚荘(かんぎょそう)倶楽部」が移築や活用策を模索している。
茶室は内本の邸宅「観魚荘」とともに福岡市中央区浄水通にある。1939年ごろまでに完成した初代茶室は45年の福岡大空襲で焼失。焼失前の建物を踏襲して55年に再建され、初代、再建時ともに設計を清水組(現清水建設)の大友弘、棟梁を数寄屋大工の中村外二が担った。木造平屋建てで、茶室2室と水屋、持佛堂などで構成。皮付きの木材を梁に使うなど野趣に富み、壁や天井を傾斜させて空間を広く感じさせるなどの工夫も見られる。2024年の文化庁の調査では「登録文化財相当」と評価された。
保存活用を検討しているのは、1993年の増築部分を除く約35㎡。部材を解体・保存して移築先を探す計画で、解体から搬送までの費用に約1億円弱を見込む。
清水建設の社寺建築・歴史建造物情報ネットワーク会議内の住宅部会による観魚荘の調査が取り組みのきっかけだ。同部会は清水組時代に手掛けた邸宅の調査・記録を進めており、調査の中で内本の孫から「茶道や建築の教育の場として役立てたい」との意向を聞いていた。
その後、孫が亡くなり、土地の売却も決まって邸宅全体の保存が難しくなったため、調査に携わった建築関係者らが有志で同倶楽部を発足。荒井圭一郎大阪工業技術専門学校大工技能学科長が代表を務め、茶室の保存活用に向けた取り組みを本格化させた。
同倶楽部は、移築先を探すとともに、見学会などで周知し、市民や企業からの支援を募る。今後、社団法人化して新たなメンバーを募集する考えだ。清水建設社員で倶楽部メンバーの増田晴夫氏は「近代的な造形感覚も感じさせる建物で、日本建築史の中でも重要になるのではないか」と見解を述べつつ、「茶室だけでも福岡の地に残したい」と語った。

