【人が集うまち、足下に広がる「穴」】
◆歌舞伎町にて
まちづくりの行方は、ネズミとの付き合い方が左右する--。そんなことを大真面目に考えたのは、少し肌寒さを感じていた4月上旬のことだった。
仕事帰りに、東京・新宿の歌舞伎町を訪れていた筆者。取材先に招待してもらった、江戸時代の春画を扱う展覧会へと足を進めていた。
すれ違う人々が、次第に夜を生きる面々へと移り変わるのを感じつつ、会場のビルに着くと、入り口のそばにある花壇が目についた。見ると、直径5cmほどの穴がぽつぽつと空いている。アリの巣にしては大きいし、モグラにしては小さい気がする。
展覧会を案内してもらう担当者に「これって何の穴ですか」と問い掛けた瞬間。体長20cmほどの灰色の物体が、穴から飛び出してきた。
--ネズミである。
突然の出来事に思わず声を上げた筆者をよそに、ネズミは花壇に敷き詰められた土の上を駆け回る。一匹のみならず、後を追いかけるように複数の個体が次々と飛び出してきて、人間の存在など気にもとめない素振りでじゃれあい始めた。たった数十秒で目にした衝撃的な一幕に、全身をこわばらせて立ち尽くすことしかできなかった。
「あ、これネズミの巣穴です」。さも当然かのように、担当者が遅れて回答する。ここ歌舞伎町で活動する人々にとっては、この光景はもはや日常なのだという。空が明るくなり始めた時間帯に、家路につく人々の足元をネズミたちが駆けていくこともあるのだとか。このまちに縁がない人間にとっては、なんとも想像しがたい光景だ。
周囲を見回すと、暗がりで目立たない建物の一角にゴミ袋の山ができている。聞けば、管理人の目を盗んで捨てられたものばかりだという。さらに目を凝らすと、ゴミ袋を食い破って侵入したネズミが、もぞもぞと中身を食いあさっている。ふんが発する鼻を刺すような臭いも相まって、会場周辺は異様な空気に包まれていた。
◆影響は文化発信活動にも
歌舞伎町にとってはおなじみのネズミだが、放っておけない被害が生じていることも事実だ。筆者が訪れた新宿歌舞伎町春画展覧会WA「葛飾北斎・渓斎英泉-歌舞伎町花盛り-」の主催者であり、同町周辺で飲食店など20店舗以上の経営を手掛けるSmappa!Group代表の手塚マキ氏は、ネズミの存在が展覧会の開催を脅かしたと明かす。
「作品損傷への懸念から、(作品の)所有者が歌舞伎町での展示に不安を訴えていた。会期中も、ネズミや不法投棄されたゴミの様子がSNS(交流サイト)で投稿され、イメージ面でも悪影響を感じる。このような問題が放置されれば、文化の発信地としての価値や、まち全体の可能性を狭めてしまうのでは」と懸念する。
会場で貴重な作品の数々に触れている最中も、筆者の脳裏には、入り口で見たネズミの姿がこびりついて離れなかった。
人と人が出会い、関わり合うまち・歌舞伎町で、江戸時代の人情あふれる暮らしを描いた春画を展示する意義は大きい。しかし、あろうことかその傍らで、人類以上に盛んに交流する生物の姿があったとは。しばらく食欲を失うほどの光景を目にした筆者の中で、このまちに抱く印象が大きく変わり始めていた。
手塚氏が懸念するように、意外にもわれわれのすぐそばで生活するこの生物は、今後のまちづくりにとって大きな脅威となるのではないだろうか。新宿区、さらには最前線で被害に対処する害虫・害獣駆除業者への取材を通して、ネズミがまちづくりに及ぼす影響に迫った。
(毎週木曜日に3回にわたって掲載します)
