いざというときの心掛け
2011年3月11日、私が盛岡駅にいるときに東日本大震災が発生しました。以前に阪神・淡路大震災を大阪で経験していたため、地震そのものには驚かなかったのですが、あまりにも揺れが大きいので建物から飛び出しました。その後、報道で伝えられる状況は非常に衝撃的でした。この瞬間から、私の就業環境が大きく変わるとは想像もしていませんでした。地震直後、私は宮城県内のJRの復旧工事に従事することになりました。主に新幹線の電化柱の復旧工事を担当し、新幹線の開通後は、宮城県、岩手県沿岸部の鉄道復旧やその周辺の整備にも関与しました。具体的には、JR気仙沼線やJR大船渡線のBRT(バス高速輸送システム)化の現状調査、施工計画の策定、山田線や常磐線の鉄道復旧工事における調査、施工に関する計画です。最終的には、岩手県陸前高田市のJR大船渡線陸前矢作駅から竹駒駅間の軌道撤去とBRT化工事の所長として従事し、開業まで見届けました。また、21年以降に発生した大きな地震に伴う新幹線の電化柱の復旧工事(福島県郡山市、宮城県大崎市)にも従事し、これらの経験を生かすことができました。
震災前、建設現場で従事していた際には、振動や騒音、ほこりに関する近隣住民の方からの苦情や要望を受けることがありました。こうした状況から、建設業が抱える課題や、周りの方から建設業に対するネガティブな印象を持たれることを痛感していました。しかし、震災復旧工事に従事する中で、住民の方々から「一日でも早く復旧してほしい」という声をいただくことがありました。真意は分かりませんが、この言葉は、建設業の役割と日常生活の重要性を再認識させるもので、私の心に深く刻まれました。
復旧工事に関わる中で、早急な復旧が求められていることを実感しました。特に災害復旧工事においては、迅速な判断と対応、組織としての一体的な取り組みが不可欠です。いざその状況に置かれてから考え始めることは容易ではありません。普段から心掛けておくことが重要であると感じています。復旧工事は、単なる物理的な復旧だけでなく、地域の人々の生活を取り戻すための重要なプロセスであると認識しなければなりません。
想定外の災害が発生した際に被害をゼロにすることは難しいかもしれません。しかし、早急な復旧を果たし、日常生活を一日でも早く取り戻すことが何よりも重要です。実際に現状を見ていると、復興が現実に即さない状況も多く見受けられます。全ての人々を満足させることは難しいかもしれませんが、普段から未来を見据えた考えを持つことが肝要であると感じています。震災の際に私は復旧工事に従事する中で多くの教訓を得ました。特に、地域社会に寄り添うこと、住民の方の声に耳を傾けることが復興の鍵であると信じています。地域のニーズを理解し、適切な対応を行うことで、より良い復興が実現できると考えています。
日本は地震大国であり、どこで大地震が発生してもおかしくありません。今後は、災害復旧工事での経験を少しでも伝えていきたいと考えています。私の経験が、少しでも未来の災害復旧に貢献できることを心から願っています。

