【加速する見積内訳ひな形/「重層構造」競争の遡上に】
建設業界が、2025年12月12日に施行された請負契約の新たなルール「労務費に関する基準(標準労務費)」への対応を急いでいる。対応の焦点の一つは、新たな見積書のフォーマットだ。下請けにとって新ルールは、これまでの商慣習だった材工一式契約や需給変動で単価が大きく変動する受注額、さらには経費計上が認められにくい状況から経費を見える化させることで、下請け経費を手にすることができる絶好のチャンスと映る。一方、元請けにとっても個社が新ルールに取り組むために、新見積書のひな形は必要不可欠だ。工期・請負額・設計変更などで発注者・注文者の理解を得るためのエビデンス(根拠)になり得るからだ。
元請けには、新ルール対応で先行する公共工事の応札へ向けて態勢を整えなければならないという差し迫った背景もありそうだ。昨年12月の改正入契法全面施行によって、直轄を含めた全ての公共工事は▽材料費▽労務費▽法定福利費▽建設業退職金共済契約にかかる掛け金▽安全衛生費--の5項目を工事内訳書で提示することが義務付けられた。国土交通省は3月末までの入札手続き開始工事に限り、記載漏れでも入札無効としない緩和措置を公表したものの、提出された内訳書の中身の確認が公共発注者に義務付けられているため、応札する企業には5項目の内訳の根拠説明が必要となる。そして元請けにとって必要な内訳書の根拠となるのが、各専門工事業が元請けに提出する見積書という構図だ。
こうした中、新ルールに対応した見積書の浸透を目指し、全国各地で活動を展開し始めたのが、全国鉄筋工事業協会(全鉄筋)だった。
全鉄筋は傘下の東京都鉄筋業協同組合(東鉄協)が3月24日に開いた会合で、元請けが発注者に提示する材料費や労務費など5項目に加え、▽建設労働者の雇用に伴う必要経費▽一般管理費などその他経費--の二つを合わせた7項目を見積書内訳とした“新”標準見積書の作成手順を解説し、新たな見積書の浸透・拡大を促した。
そもそも新ルール導入への対応で、他の職種団体が新たな見積書の作成にブレーキをかけているのには理由がある。国交省の公共工事設計労務単価に参考添付されている『雇用に伴う必要経費48%』に対する「詳細な内訳」や「2次以下の経費計上」「一般管理費と経費の考え方整理」--などに対する疑問を払拭する根拠と確信が持てなかったからだ。
その中でも、鉄筋工事業界が専門工事業界の先頭を切ってさまざまな経費の内訳を明示した新たな標準見積書の浸透を急いでいるのは、大手企業を中心に進む元請け各社の「見積もりフォーマット」への貢献と経費計上に関して理解を得ることが目的だ。
東鉄協会合で新標準見積書の使い方を解説した全鉄筋の樋脇毅常任理事は、2次下請けの経費はどの部分に計上するのかという質問に対し、「本来の2次下請け経費は1次下請けの経費に乗せる」と断言。その上で、「労務費が削れない中で(2次下請け以降の)経費を乗せていくことは、結果的に1次下請けの直用化が進むことにつながるのではないか」と重層構造是正の可能性に言及した。
もう一つ注目すべき課題がある。新ルールづくりの段階から指摘されてきた、「見積もり内容が標準化されれば同じ見積額。そうなればどこの部分で競争するのか」という点だ。価格だけの競争から脱却し、元請けによる品質重視の評価を専門工事業は期待するが、その道筋は不透明のまま。また労務費が同じなら、後は歩掛かりや経費を圧縮して減額する見積もり競争が想定されるが、注意しなければならないことがある。
過去、専門工事業の宿命である繁忙期と閑散期、いわゆる繁閑対応として企業存続を最優先に、技能者の賃金を削減した熾烈(しれつ)なダンピング(過度な安値受注)競争を経験。この時に業界を去った職人が多く、その影響が現在の職人確保の難しさにつながっている。
新ルールが導入され、新たな時代を迎えた今、過去の苦い経験をどう生かせるのか。3月26日に開かれた中央建設業審議会労務費の基準に関するワーキンググループ第12回会合で、建設産業専門団体連合会会長の岩田正吾委員は発注者、元請けなど利害関係団体出身委員にこう投げ掛けた。「雇用にかかる経費は競争の範ちゅうに入れるのか」
新ルールに対応した専門工事業団体ごとの新標準見積書作成で先頭を走る鉄筋工事業の複数経営者の見方は一致する。
「新ルールに沿って自社が赤字にならないよう経費を上乗せしなければならないとして、最低限どの程度経費が必要か把握していない企業が多すぎる。(国交省が示す)上乗せ48%で経費が足りるわけがない」
