利用者の感動と思い出を描く/鉄道デザイナー 水戸岡鋭治氏 | 建設通信新聞Digital

4月27日 土曜日

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利用者の感動と思い出を描く/鉄道デザイナー 水戸岡鋭治氏

 9月23日、西九州新幹線「かもめ」は開業1周年を迎えた。外観と内装を担当した鉄道デザイナーの水戸岡鋭治氏は、車両デザインにおいてタブーとされていた色、形、素材を活用し、内装にまで徹底してこだわる。そのための常識破りなアイデアは常に話題を呼び、観光列車ブームの火付け役に。いまや観光列車を地域活性化の起爆剤にしたいと考える自治体や鉄道会社から引っ張りだこの存在だ。「最終的に出来上がるものは、人に感動をもたらし、思い出になるものでなくては」と語る水戸岡氏に、鉄道デザインを生かした地域活性化、まちづくりについて聞いた。

(みとおか・えいじ)岡山県立岡山工業高校デザイン科卒。デザイン事務所勤務を経て、1972年ドーンデザイン研究所設立。建築、ローカル線や路面電車、バス、駅舎、グラフィック、イラスト、プロダクトなど多様な分野のデザインを手掛ける。JR九州の車両・駅舎デザインで国際的な鉄道関連デザインの賞・ブルネル賞などを数多く受賞。47年7月5日岡山県生まれ、76歳。



クルーズトレイン「ななつ星in九州」(撮影・Studio NEXT 黛 宏幸)


 実家は家具製造業を営んでいた。「絵を描くことが好きで、図面を起こして家具をつくる仕事だから、油絵や石こうデッサンなどの習い事を積極的にさせてくれた。これが今の自分の礎となっているのは間違いない」。デザイン会社などを経て、ドーンデザイン研究所を設立した。「ホテル海の中道」のアートディレクションに関わったことを契機に、JR九州のリゾート列車のデザインを担当することになった。このころから鉄道車両デザインに進出し、「つばめ787」「ソニック883」「かもめ885」「ゆふいんの森Ⅲ世」など多くの傑作を世に送り出した。船舶やバスなど鉄道以外の交通機関、駅舎、店舗、商業、リゾート施設に関わるデザインまで幅広く手掛けた。

 水戸岡氏が巻き起こした新風は、列車の「顔」や大胆なカラーリングにとどまらない。その神髄は、利用者目線で細部まで詰められた造りにある。「安価で加工性が高く、メンテナンスも容易なプラスチックの代わりに、木材やガラス、鉄やアルミ、紙や土など天然の素材を使った方が、コストは高くても利用者は喜び、環境にもやさしい」。利用者に環境や物を大切にする意識を高めてもらう狙いもある。

 その究極の形ともいえるのが、クルーズトレイン「ななつ星in九州」だろう。〝豪華〟ではなく〝唯一無二〟の列車とするべく、和洋の技の粋を集めたサロンや客室に加え、茶室、バーなどもしつらえた。壁、床、窓、照明、椅子、机。細部まで素材にこだわり、各部の製作を当代きっての技術者や職人に依頼した。例えば書院の障子や欄間など、日本の伝統的な建具を彩ってきた精緻を極める伝統技術「組子」。日本家屋の減少とともに消えゆく技法といわれてきたが、「クラシックな車両の窓に組子を取り付ければ、きっと懐かしくて新しくなる」と直感した。数少ない組子職人に声を掛け、最終的には塗装や彫刻、建具など約10社以上が協力し、繊細な木の細工を施した障子や回廊が実現した。その光と影の幾何学模様は、見る者を圧倒する。

「ななつ星in九州」のラウンジカー「ブルームーン」(撮影・Studio NEXT 黛 宏幸)


  ◆鉄道とまちづくり
 近年は女性の鉄道ファンや、列車そのものを目的に旅する人も増え、鉄道に対する意識の変化を感じている。SDGs(持続可能な開発目標)への認知度も高まり、低炭素な移動手段として環境面でも鉄道の魅力が再確認されつつある。

 これまで「列車を公共空間として強く意識してきた」との言葉に裏打ちされるように、空間、まちづくりとは縁が深い。かつて温泉地や観光地としてにぎわった街が集客に頭を悩ませているが、長野県小布施町ではまちづくりにもデザイナーとして参画し、観光客が楽しめる町並み全体としての物語をつくるため、歩くことを楽しむデザインを施した。メインストリート以外の家や街路も伝統的な町並みを意識して修景案を提案した。

 一方、観光資源に乏しい街では「何もない土地にオリジナルな世界を打ち立てる。ゼロから街をつくり出すというまちづくりの発想の転換が必要」とも。かつて廃線の危機にひんしていた貴志川線(和歌山県)の再生事業の一環として列車デザインを担当し、いわゆる「観光資源がない普通の田舎に人を呼び込むため、土地の名産のイチゴをモチーフに楽しい列車をつくった」。それが「いちご電車」だ。

 貴志川駅で飼われていた三毛猫たまを、地域と鉄道が猫の駅長として盛り上げたことも奏功し、電車に乗る観光客は徐々に増えた。そのファンからの支援金が、新しい車両「たま電車」や「たま駅舎」を生み出した。たま電車は、漫画やアニメに表れる日本独自のセンスを生かし、3次元曲面で表された木製の長いすを置くなど、遊び心と技術の粋を集めた。

「たま電車ミュージアム号」(撮影・Studio NEXT 黛 宏幸)


「たま電車ミュージアム号」の車内には、770匹のネコのイラストが床、壁、天井にある。オリジナルの猫足の椅子や家具は備前家具、内外装工事は九州艤装、車内の仕上げは北三が担当した。(撮影・Studio NEXT 黛 宏幸)


 「6歳以下の子どもと、定年退職した65歳以上の方が納得してくれるものができれば、放っておいてもその間の層の人は納得してくれる」。その持論にのっとって、たま電車でも「子どもが喜ぶけれど子どもだましではない表現」を目指した。何よりたま駅長を中心に街全体が盛り上がるのを見て、「何もない街では特に、鉄道を利用することはまちづくりの起爆剤になる」と確信した。「鉄道を生かしたまちづくりは今後増えてくるだろう」と見据える。

 ただ、「公共の交通や環境は、その時代の最高の英知を絞ったものを提供しないと」とも。ローカル鉄道を使って通学する学生が東京に出て、「うちの街の電車の方がかっこいい」と感じれば、それが地元の誇りにもなり、ひいてはIターン移住、地方活性化にもつながる。

和歌山電鐵貴志駅駅舎をデザイン設計。檜皮葺屋根に紀州材など天然素材を使い、懐かしさを感じる空間を目指した。撮影・ドーンデザイン研究所


◆豊島区のIKEBUS
 水戸岡氏はいまや、観光列車を地域活性化の起爆剤にしたいと考える自治体や鉄道会社からの依頼が多い。彼らをして「斬新なものはいずれ飽きてしまうが、水戸岡デザインは飽きがこない」と言わしめるほど、その信頼は厚い。

 豊島区も例外ではない。池袋は「怖い、暗い、汚い」という負のイメージを伴って語られることが少なくなかったが、払拭しようと奮闘していた故高野之夫区長から「ぜひ水戸岡さんに」と依頼を受け、真っ赤なバスを提案するとすぐに賛成してくれた。内装は1台ずつ違い、床や座面、随所にこだわりをちりばめオンリーワンを追求した。

 2019年秋に運行を始めたIKEBUSは単なる移動手段にとどまらず、「正面の顔のようなデザインが愛くるしい」と評判を呼んだ。「街の雰囲気を変えるには、建物や公園を整備するだけではない。街ができてバスを走らせるのではなく、あのバスが似合う街をつくろう」と高野氏と共に奮闘したことが心に残る。

 池袋の街をゆっくり流れる車窓から楽しみ、途中下車して散策するも良し。一時期は消滅可能性都市とも称された池袋に、新たな人の流れを生み出した。水戸岡氏は「車両10台のうち1台だけが黄色い車体で、黄色に当たると幸せになるといううわさもある」と笑みをこぼす。

4つの公園や賑わい施設を回遊する新たなシンボルIKEBUS(撮影・Studio NEXT 黛 宏幸)

 サービスも含めたトータルなコンセプトに基づいてデザインを構築してきた希代のデザイナー水戸岡氏。次に挑むプロジェクトについて、「どんなシートに座ってどんな窓から景色を眺め、どんな食事を楽しみたいかと考えをめぐらせている」と明かす。「日本の鉄道は本当に美しい場所を通る。車窓からその風景を眺め、顔を付き合わせて人と話す。一人じっくりと考え事をすることもあるかもしれない。自動車の旅ではかなわない、ぜいたくで心地よい時間を過ごしてほしいですね」

『水戸岡鋭治 デザイン&イラスト図鑑』玄光社3850円(税込)
鉄道車両、バスや船など交通機関のデザイン画、駅舎や商業施設のパース画、広告や製品デザインのイラスト3000点以上を「ギャラリーのようなイメージ」で収録。「一つの車両をデザインするためにこれほど多くの絵を描いている。虫眼鏡をもって、細部を見て感じてほしい」と思いを込める。

 

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