写真の力を信じて
弊社では東日本大震災に際し、社会貢献活動として東北沿岸被災地復興の歩みを航空写真と地上定点写真で記録し、発信、伝承する活動を行いました。私は震災直後より青森県~宮城県沿岸部の地上定点記録を担当し、15年で約300地点、1万5000枚以上の写真を撮りました。きっかけは、本社に現地の姿を届けたいという当時の地域統括部長の命によるものでしたが、それまでカメラを趣味としているわけでもない私がここまで続けられたのも、弊社が戦後復興のために設立され、大災害時には航空写真による記録を重んじているという使命と、忘れてはならないことをとどめ、視覚的にありのままを伝えるという写真が持つ力によるものです。シャッターを切る度に黙とうをしているような不思議な気分になりました。印象的な出来事は、「釜石の出来事」と「大川小学校の悲劇」です。「想定にとらわれるな」「最善をつくせ」「率先避難者たれ」という「津波避難3原則」を学んだ小中学生が避難を行い、ほとんど犠牲者を出さずに済んだ事例です。これまで何度も大きな津波を経験した先人たちは、各地に碑や伝承を残しました。これにより、助かった人たちとそうでなかった人たちとが分かれた。昔は碑といったものでしか、情報を伝えるすべがなかったのですが、現代では多くの手段があり、写真もその一つです。災害の多い日本で暮らす上で、小中学生への防災教育は大変意義深く、教育機会の充実に期待します。
2万人以上の犠牲者(死者・行方不明者)をもたらした大災害にあっても、犠牲者ゼロまたは数人程度の犠牲にとどめた町村や地域もあります。その要因は、「犠牲者を出さないという強いリーダーシップ」「教訓の伝承」「事前の備え」にありました。避難訓練などのソフト対策、防潮堤などのハード対策により被害を免れた地域もあります。それを行ってきた先人たちに敬意を表するとともに、想定外の災害により被災した地域で、本当に頑張って復興してきた方々にも、強い敬意を感じざるを得ません。
東日本大震災による殉職者(死亡・行方不明者)の概要は、警察官30人、消防士27人、消防団員254人、自治体職員殉職者では、岩手県大槌町で町長を含め約40人、陸前高田市111人、宮城県南三陸町39人などと伝えられています。自分の安全よりも避難誘導や業務を優先した結果とのことですが、特に消防団員や自治体職員は地域社会を支え被災以後の対応の要となることから、適切な避難や安全確保、精神的なケアへの配慮が必要ではないでしょうか。
弊社の記録活動は、東北大学災害科学国際研究所が取り組む東日本大震災アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝」に協賛しており、2015年3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議では、来場者への関連展示や説明で協力しました。また、弊社でも15年の節目として撮影記録をウェブ公開し始めました。
被災自治体は、震災の経験や教訓を記録にとりまとめて、インターネットなどで公表しています。東日本大震災での経験と教訓が、今後の防災や減災に役立てられることを期待しています。

