【都市設計の進化に、思わぬ落とし穴】
ネズミ被害に苦心する東京・新宿区に話を聞くと、われわれがいかにその危険性に無頓着だったかを思い知らされる。被害に最前線で対処する害虫・害獣駆除業者「シー・アイ・シー」もまた、同じ思いを抱えているようだ。
台東区に本社を構える同社は、ネズミやゴキブリの駆除を担うペストコントロール業界において、オフィスビルや商業施設などの建物管理分野で国内トップシェアを誇る。一般家庭からの問い合わせに加え、行政や企業からの相談にも応じている。
最近のネズミ問題について、高橋克也東京特区新宿支店長は「自治体が広く周知し始めたことで問題が表面化してきた印象がある。建物のオーナーも、施設の資産価値や使用年数を悪化させかねないネズミに注目するようになっており、それに応じてゼネコン側の意識も変化している」と読み解く。
◆駆除から予防へ変わる対策
さらに、小坂田隆志営業部部長は、近年の建設業界におけるトレンドに潜む二つの問題を指摘した。
一つ目は「進入経路の多様化」だ。「これまでの(ネズミの)主な進入経路は、地下駐車場からの動線など限定的だった」と振り返る小坂田氏。超音波防鼠機「ネコのささやき」を建物への入り口に配置するなどして対処してきたが、近年は「流れるように施設に入れる建物が多くなってきた」と分析する。
確かに大型複合施設などには、歩行者通路や広場などの公共空間と、建物入り口の境界をシームレスにつなぐ設計が多く見られる。施設間の連絡通路など、進入経路は多岐にわたる。「建物(の設計)が変わってきていることで、われわれの仕事も複雑化している」と苦悩を語る。
二つ目は「緑化面積の広さ」だ。都市部では緑あふれる空間整備が目立つが、植物を育む土壌はネズミが好んで住み着きやすい傾向にある。
「近年は環境認証制度が増えており、害獣といえども無作為に化学薬品をばらまくこともできない。生態系を壊すことがないよう、制限の中で柔軟に対応する必要がある」と、変化するトレンドの裏で増大するネズミ対策への悩みは尽きない。
10年ほど前からは、事業の「川上」からネズミ対策に介入することが増えてきたという。従来はネズミが発生した段階で駆除を依頼されることが多かったが、建物への侵入を防ぐために設計段階から対策に参加するようになった。一つひとつの図面を丁寧に照らし合わせ、建物の構造や使用している素材などを分析し、対策をアドバイスしている。
「予防に勝る駆除はない。事前の対策をいかに強化するかが大切」と小坂田氏は警鐘を鳴らす。「駆除業者だけでネズミ対策は完結しない。ハード面の改善や強化が必要になってくる」と、建設業界へ意識の変化を求めた。
◆脅威を知ることが対策の第一歩
新宿区、そして害虫・害獣駆除業者への取材を通して見えてきたのは、われわれの生活空間とネズミたちをつなぐ無数の「穴」だった。
それは建物の隙間や花壇の穴など、目に見えるものに限らない。住民によるゴミ処分の意識、さらに建設業界全体では、公共空間と建物をシームレスにつなぐ設計や緑化への取り組みが、皮肉にもネズミ対策をより複雑なものにしている。
まずはネズミが日常生活に及ぼす影響を認識することが、社会全体の意識向上を促すだろう。
◆再び、歌舞伎町にて
取材を終えた5月中旬、再び展覧会に招かれた筆者は歌舞伎町へと戻った。
驚いたことに、花壇にあった無数の巣穴は埋め戻され、散乱していたゴミ袋も、その数が大きく減っている。会場スタッフの尽力か、それとも住民の意識の変化か。わずか1カ月前にはいくつも存在していた「穴」は、徐々にふさがれつつあった。しかし、まち全体の課題解決への道のりはまだ半ばだ。
歌舞伎町に限らず、これからもネズミはわれわれのすぐそばに存在し続ける。まちが進化していく過程で、ネズミとの付き合い方も柔軟に変え、被害を最小限に食い止める対応が求められている。
このまちが踏み出した小さな一歩に感動を覚えながら、展覧会場へと歩みを進めた。 (小宮廉・中村達郎)


