【防災の日2024】東海大学海洋研究所客員教授 長尾年恭氏に聞く ナマズと地震の関係性とは | 建設通信新聞Digital

5月2日 金曜日

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【防災の日2024】東海大学海洋研究所客員教授 長尾年恭氏に聞く ナマズと地震の関係性とは

 ナマズと言えば、現在では観賞用のペットとして飼うのが最も馴染み深いかもしれないが、江戸時代は蒲焼きやかまぼこ、なべ焼きなど当時の料理書に記載され、ナマズ料理は庶民の胃袋を支えてきた。今でも荒川と江戸川に挟まれる埼玉県東部は天ぷらやたたきなどナマズ料理を提供する川魚料理店が多くある。食文化として残る一方、福岡県の賀茂神社や熊本県の国造神社にはナマズが祭られるなど神聖化されている側面もある。

長尾氏

◆秀吉が恐れたナマズ
 ナマズと地震が初めて結びついたのは安土・桃山時代にさかのぼる。文禄元年(1593年)に豊臣秀吉が家臣の前田玄以に宛てた手紙で、伏見城の普請の際にナマズを用心するよう忠告している。ことわざに例えられる瓢箪鯰を描写した大津絵には奇しくも、猿がひょうたんでナマズを押さえるものがある。サル(秀吉)がナマズを恐れていたのだ。

 江戸湾直下を震源とした推定マグニチュード6.9の安政江戸地震は、地震とナマズの俗信が一段と真実味を帯びるきっかけとなる。死亡者1万人前後、倒壊家屋1万4000戸以上の大損害を被った江戸の人々は、地震直前にナマズがひどく騒いだことを地震発生の前触れと捉えた。地震後に数多く出回った鯰絵は、単に大地震の被害状況を知らせるものではなく、ナマズが地震を引き起こす主因として罵倒や嫌悪されたり、社会悪や病魔を除き賞賛されるなど風刺的なものとして当時の庶民を楽しませた。





◆関東大震災を機に
 江戸から改称した東京が再び災禍に見舞われる。1923年に起きた関東大震災は死者10万人以上、全潰全焼流出家屋29万棟以上でライフラインにも甚大な被害を及ぼす大惨事だったが、ナマズと地震の関係を研究する端緒となった。31年に東北大学付属浅虫臨海実験所で畑井新喜博士が科学的なナマズと地震との関係についての研究に挑んだ。水槽で飼育されたナマズにガラスをノックしたときの反応の敏感さを観察し、地震との関係性を調査した。地面に微弱に流れる地電流(ちでんりゅう)も同時に計測し、地電流にV字の変化が現れた時にナマズが反応したと報告している。

 東京都水産試験場(現・東京都島しょ農林水産センター)でも78年から約13年間、ナマズと地震の関係性を研究した。プレハブ小屋内に3台の水槽を設置してナマズを飼育し、振動計を水槽内部に設置して24時間連続でナマズの暴れ具合を振動として記録を取った。78年から92年までのナマズの異常行動と東京都での震度3以上の地震91例のうち、実験が欠測となった4例を除いた87例に対して、明らかに10日前以内に異常行動が見られたものが27例あり、打率に直すと3割1分であったと報告されている。野球の成績であれば、好打者に匹敵する数字だ。



◆電位差に100万倍敏感
 阪神・淡路大震災の発生後に地震予知の重要性が見直され、行政レベルで地震予知研究が加速し、その一環として東海大学海洋研究所はナマズと地震の関係性について研究を始める。
 そもそも、同研究所のように地震を予知する上でなぜナマズが用いられるのか疑問が浮かぶ。ナマズはコイなどの魚種にはない水中の微弱な電位差を感じる能力を持ち、頭部を中心に分布する小孔器が人間やコイより100万倍敏感と言われている。この感覚は湖に乾電池が1個投げ込まれたとして、そのことを数㎞先でも感知できることに相当する。阪神・淡路大震災の前には、「動物の異常行動に加え、地震の2週間程前から数時間前にかけて、ラジオ・テレビの雑音や携帯電話などの動作異常があったと多数報告されている」と長尾客員教授は述べる。電磁界変動が地震の前兆と目されたことも、ナマズが試験や実験などに使用する供試魚となった背景の一つだ。
 同研究所が所在する静岡県は、浜名湖を有することからウナギの名産地で知られるが、長尾客員教授は「ウナギも電気に敏感とされるが、夜行性で昼間はおとなしいナマズと異なり、動き回るウナギだと異常な動きと見分けが付かないため検証に適さない」と述べる。
 ナマズの飼育環境の整備と観測定量化システムの構築を完了した同研究所は02年から本格的なナマズの行動観察に乗り出す。同システムを通じて、ナマズの泳ぐ動きやナマズの動きに伴い発生した水流や振動、ビデオ撮影による平面的な動きなど多角的に行動メカニズムを分析した。その後も画像ファイルを毎秒保存するシステムを構築するなどナマズの行動パターンを分類・記号化して研究・検証を重ねた。
 数年にわたって研究した結果、「地震発生前にナマズを含めて動物の異常行動は一定の確認ができたものの、動物の異常行動のみを用いて地震の予知はできない」との結論に至る。

東海大学海洋研究所によるナマズの輪郭の抽出と遊泳軌跡の描画



◆地震、雷、火事、親父
 ただ、特別な測定器を使わず、人間の視覚や嗅覚など五感に基づいた自然界の異常(宏観異常現象)は存在するようだ。例えば、犬が意味もなく悲しくほえたり、冬眠中のヘビが地中から出てくるなどの異常現象が地震に先立って観察された報告例が世界各地から寄せられている。宏観異常という言葉を生んだ中国では、防災・減災の行動規範として根付く「臨震予報」(地震に臨む)の中に、地震前の動物の異常行動が盛り込まれているという。

 長尾客員教授は「こうした現象と地震の関連性は一定数認められるが、科学的に不成立だったり、検証不能だったりする『未科学』の域を出ない。単純に動物が病気による奇行であることも考えられ、地震の前兆として予測に用いるのは難しい」と述べる。

 「地震、雷、火事、親父」。怖いものの代名詞として鯰絵に見ることができる。ネットの普及など情報が氾濫する現代と異なり、江戸時代は限られた情報を頼りに災害から身を守るほかなかった。ナマズと地震の関係性が根付いたのも、今よりずっと身近な存在だったナマズの行動から身を守るすべを見出そうとした江戸庶民の知恵だったかもしれない。




江戸時代のナマズ絵

「あら嬉し大安日にゆり直す」 (東京大学総合図書館所蔵)

「病気鯰に諸職人見舞の図」 (東京大学総合図書館所蔵)

「しんよし原大なまづゆらひ」 (東京大学総合図書館所蔵)

「世ハ安政民之賑」 (東京大学総合図書館所蔵)

「地震雷過事親父」 (東京大学総合図書館所蔵



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