連載・建築設計事務所変革の萌芽(6) | 建設通信新聞Digital

10月23日 木曜日

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連載・建築設計事務所変革の萌芽(6)

【今が考え抜くチャンス/特殊解より模範解を追求/松田平田設計 江本正和(えもと・まさかず)社長】
 建設費の高騰が続く中、全国各地で建築プロジェクトの延期や中止が相次いでいる。“立ち止まること”はネガティブに捉えられがちだが、松田平田設計の江本正和社長は、「本当に必要な建物とは何なのかを徹底的に考え抜けるチャンス」と言い切る。時間的猶予が与えられた今だからこそ拙速に物事を決めず、「発注者と設計者間の対話のキャッチボールを重ねる。これまで俎上(そじょう)に載せられてこなかった選択肢も生まれ、幅広く検討できる」と指摘。そのようにして納得のいく計画案にまとめていくことができれば、「長く存続できる建物になる。公共建築は特にそうでなければならない」と思いを込める。
 建て替えの相談を受けたとき、最初に考えるのが「現状の建物を生かせないか」ということだ。新築と比べてCO2排出量が少なく資源も無駄にしない改修・コンバージョンを「まず検討することがこれからの時代、ますます重要になっていく」とみる。それを実践すべく、同社では文化的価値の高い歴史的建築物や近代建築の保存・再生・活用に力を入れて取り組んでいる。
 建築を「改修して使い続けたい」と思ってもらうためには何よりもクライアントや市民の「愛着」が欠かせない。江本社長も常々、「50年後の人からも『なるほど良い建物だ』と思ってもらえる建物をつくりたい」と心掛けている。そうした建築をつくるために必要な視点とは何なのか。それに対して、「発注者やその時代が求めている具体的ニーズに応えたその先の在り方、存続の尺度に思考を巡らせることだ」と即答する。
 「環境への配慮」「多様性の尊重」「地域性の活用」「災害への備え」など、変化する現代社会が要求するさまざまな課題に対する解決力を備えると同時に、所員に対しては、「自分の建築に対するしっかりとしたフィロソフィーを持ってほしい」と感じている。「雑誌に掲載されるような建築のデザインに幻惑されるのではなく、もっと本質的・本来的な部分、特殊解ではなく模範解を追求したい」と話す。続けて、受賞した作品を見るときは、「『自分ならどうしただろうか』『この作品は本当に50年後も必要とされるのか』と常に自らに問い掛けることで、自分の評価軸が定まってくる」という。
 「リベラルアーツに磨きをかける」ことにもこだわる。「建築と直接関係ない分野の話から、建築主との接点が生まれる場合もある」ほか、そこから建築主の人間性や考え方をうかがい知ることにもつながる。「建築は、設計者がつくりたいものをつくるわけではない」からこそ、建築の知識や技術に加え、「さまざまな分野を横断する人間力を養う」ことが求められるのだ。
 建築主の思いをしっかり受け止め、焦点を遠くに定め、確固とした自分の座標軸の中で正解を組み立てられたとき、「愛着を持たれ長く存続できる」建築が完成する。
【業績メモ】
 売り上げは直近3期連続で10%伸長している。2025年6月期も10%程度の伸びを達成し、受注高はバブル期以来の高水準となっている。来年事務所創立95周年を迎える中、来期以降も受注高は順調に推移する見込みだ。所員規模と業務量のバランスを図り、社是の『優良なる社会資産の創造』を目指す。