フィンセント・ファン・ゴッホが画家になる決意をしたのは27歳になった1880年の夏のことである。それから亡くなるまでの約10年間に2000点を超える作品を描いた◆オランダ時代のゴッホは汗を流して働く人を多く描いた。解剖学的には不正確だが美しい、ミケランジェロのような人物の描き方を学ぼうとした熱意が、弟テオに宛てた手紙や作品から伝わってくる◆担い手不足が叫ばれる昨今、建設業を志す若者は貴重な存在になった。せっかく入職しても長続きしなければ意味がないと、多くの会社でより良い職場環境を整備する機運が高まっている◆長く働くための源泉は熱意にほかならない。ゴッホが画家を志し、技術の向上を目指したように、担い手が自ら学び、自身の成長を促す熱意をいかにして生み出すかが重要だ。












