普通に走れるを取り戻す
東日本大震災から15年。舗装工事の現場技術者として、私は長い年月を被災地の道路づくりに費やしてきました。その始まりは震災からおよそ1年半が過ぎた頃です。緊急の応急復旧が一段落し、街が少しずつ復興へ向かい始めた時期。私が現地に入ったのは、まさにその“再スタート”の空気が流れ始めた頃でした。最初に現場を見たときの衝撃は、今でもよく覚えています。道路自体は既に通行できる状態ではあったものの、ひび割れや段差、沈下が随所に残り、決して安心して走れる状況ではなく、応急的につなぎ合わせた道が「なんとか街の動きを支えている」という印象で、本格的な復興はこれからなのだと強く感じさせられました。
私たちの仕事は、そうした“仮の道”を、本来の強さと滑らかさを持つ道路へと作り直すことです。沈下した路盤を掘り返し、地盤を締め固め、舗装の層を積み重ねていく。舗装工事は見た目以上に多くの工程があり、一つひとつの手順がその後何十年も使われる道の基礎をつくる。重機のエンジン音、アスファルトのにおい、ローラーが路面を締め固める振動。現場は常に忙しく、時間との勝負でもありましたが、道路が整っていく過程を目の当たりにするのは、技術者として大きなやりがいでした。
被災地での工事だったものの、作業中に被災した住民の方々と直接言葉を交わす機会はほとんどありません。現場の特性や場所柄もあり、こちらはただひたすら工事現場と向き合う毎日。それでも、車が慎重に段差を越えていく様子や、ゆっくりとした速度で道を選びながら走っていく光景を見ると、この道路がどれほど生活の支えになっているのかが自然と伝わってきました。声を掛けられなくても、その風景そのものが「必要とされている」という無言のメッセージに感じたのです。
工事が進むにつれて、道路は徐々に本来の姿を取り戻していった。アスファルトが敷かれ、ローラーで丁寧に仕上げられた路面に日の光が反射する様子を見ると、「これなら安心して走ってもらえる」と静かに安堵(あんど)しました。完成した道路を車が初めて走る音を聞いたとき、舗装工事の“成果”は結局とても素朴なものなのだと感じました。ただ車が普通に走れること。その当たり前を取り戻すのが私たちの役割なのです。
15年がたった今でも、震災から1年半後に初めて被災地へ入った日のことをよく思い返します。まだ町には傷跡が残り、人の暮らしも元に戻れているはずはなかった。でもどこかに確かな前向きさがあった。そしてその一部分を、自分の技術が支えているのだと感じられたことは、技術者として大きな経験です。
これから先も、私は現場技術者として、地道な作業を積み重ねていくつもりです。災害はいつまた起こるか分からない。そのときに少しでも早く道路を復旧できるように、日々の技術を磨き、安全に向き合う姿勢を忘れずにいたい。そして、どんな現場でも「この道を使う人が安心して暮らせるように」という思いだけは変えずに仕事に向き合っていきたいから。
震災から15年。東北の復興はミッシングリンク解消という形で今も続いています。私自身も、あの日と変わらぬ思いを胸に、これからも道路づくりを通して人々の暮らしに寄り添い続けたい。

