【石垣づくり400年の技 口伝で紡ぐ】石垣職人の集団「穴太衆」15代目/粟田建設社長 粟田 純徳氏 | 建設通信新聞Digital

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【石垣づくり400年の技 口伝で紡ぐ】石垣職人の集団「穴太衆」15代目/粟田建設社長 粟田 純徳氏

 日本の城の基盤といえる石垣は、何百年もの風雪に耐え、いまだその威容を保っている。その大半は、滋賀県大津市坂本を拠点に全国で活躍した石積み職人集団「穴太(あのう)衆」が手掛けたもの。自然石を加工しないまま組み合わせて強固な石垣を作る野面積(のづらづみ)を得意とする穴太衆は、安土城築城に携わったことで高い評価を得て、最盛時には300人を数えたとされる。江戸中期以降に築城の需要が減り、その400年の秘技を受け継ぐのは粟田建設のみとなったが、15代当主・粟田純徳氏は、かつて穴太衆が積んだ美しい石垣が残る坂本の地に居を構え、全国でその腕を振るっている。その匠の技には海外からも熱い視線が注がれる。

 「穴太衆積み」とも呼ばれる野面積は、自然の石を自然の形で積み重ね、堅牢な石垣を積み上げる。無秩序に積まれているように見えて、比重のかけ方や大小の石の組み合わせに秘伝の技が潜む。石積みには、石を美しく加工する「打ち込み接ぎ(うちこみはぎ)」「切り込み接ぎ」などの技法もあるが、荷重がかかる位置を石の面から少し奥に持ってくる野面積は最も耐久性が高い。
 城の石垣という守りの要に関わる穴太衆には、技術を伝える文書や家系図がない。いわば軍事機密が敵方に渡らないように、技術伝承はすべて口伝による。それは「秘技というよりも、文字では表現できないから」でもある。「幼少期から祖父に現場に連れられ、跡を継ぐのは自然な流れだった」と振り返る粟田氏。中学卒業後には人間国宝である祖父の粟田万喜三氏に弟子入りした。先祖代々伝わる「石の声を聞く」という徹底した現場経験の積み上げを、厳しくたたき込まれた。「実際に声が聞こえるわけではないが、それだけ石のことを考え思いながら作業する」。同じ形のものがない自然の石に相対するからこそ、石を見る目を養うことが重要だ。「石の心が分かり、声が聞こえて初めて一人前。祖父の仕事を見ていると、本当に石が『ここに置け』と話しているように『はい、これはこっちに』と言ってはめると、すとんと収まる。このことなのだな」と。いつも先を読むように見ていた祖父の姿が印象深い。
 「ぼくらの仕事はまず石選び」。その言葉どおり、石垣を積む現場を見て、山で石を選ぶのが重要な作業だ。図面には起こせないが、頭の中で設計図ができている。集積場へ行くと、石の周りをゆっくりと回りながら一つひとつ違う石の性格を覚える。頭の中に絵を描きながら買ってきて、現場で置いていく。
 うまく合わない石もあり、思い通りに積むのは難しいが、「100個で完成する石積みがあれば、山で100個の石を買って1つも余らせず積み上げるのが究極。自分はまだその境地に至っていない。死ぬまで修行だ」と、匠の技を極めることに人生を懸ける。

延暦寺の門前町として栄えた坂本のまちには、至る所に穴太衆積みの石垣が残る

■技術継承が課題海外に活路

ロレックスのカスタマーセンター「Dallas Rolex Tower」では、ガラスのタワーを守るように石垣を配した。現地の花崗岩を使った (写真・漆原修氏)

 築城の仕事がなくなった現代では、城の石垣修復が主な仕事の1つ。1年の3分の2は全国の現場で過ごす。経験だけを頼りにする繊細な仕事でありながら、国内需要は尻すぼみ。次の世代が腕を磨く場が少なく、将来への危機感が募る。10年以上前から「海外で評判になれば、“逆輸入”のように認知度を高めることができるのでは」と、国外での施工にも注力している。ポートランド日本庭園拡張の外構工事を受注した際、建物の設計を担当した建築家・隈研吾氏に出会った。これを機に、隈氏が設計したロレックスのカスタマーセンター「Dallas Rolex Tower」(テキサス州)の外構にも石を積んだ。足元では、シアトルの日本庭園にも石垣を設ける計画が進行している。
 建築家やデザイナーと組むことで「いままでにない石積みの生かし方に気づかされ刺激をもらえる」。こうした影響もあってか「時代遅れの印象だった石垣を、若い建築士が洋風建築やビルの設計に取り入れたいと連絡をくれることが増えてありがたい」とも。
 ただ昨今では、耐震基準をクリアしていることが数値で求められる。穴太衆積みでは現代のフォーマットに合った数値を出すことは難しく、法律の壁が立ちはだかる。
 これまでただ手をこまねいてきたわけではない。実験やシミュレーションを経て、穴太衆積みの秘技を先端技術で解析する取り組みを進めてきた。第二名神高速道路の甲南トンネルでは、周辺の景観設計に穴太衆積みの技術を生かすべく、石積みの予定地に穴太衆積みとコンクリートブロックによる擁壁を並べ、土圧をかけて擁壁の変位を測定した。250tの過酷な重さをかけたところ、穴太衆積みの石積みは部分的に最大13cmまで大きく変位したが重さを支え続けた。コンクリートブロック擁壁は変位こそ小さいものの、200tまで荷重をかけた時点で厚さ30cmのコンクリートが大きな音を立てて割れた。石積みは変位が大きかったが、その耐荷力が証明された。
 だが現行の法律が変わらない限り、1.5mを超える新築ができない。海外の外構工事では本来の穴太衆積みなら小石を詰める個所にコンクリートを使い、合わせ技で建築許可をクリアした。「強度はもちろん、石は数百年劣化しないといわれランニングコストも抑えられる。コンクリートで固めない石垣の隙間は魚の産卵場所にもなる。河川の護岸工事にもぜひ取り入れてほしい」。視線の先にはそんな未来が広がる。



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