【星野リゾート 星野代表が語る地方の可能性】川上から自治体との連携加速 | 建設通信新聞Digital

4月27日 土曜日

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【星野リゾート 星野代表が語る地方の可能性】川上から自治体との連携加速

【星野リゾート】
 長野県軽井沢町に本社を置くホテル運営会社。独創的なテーマが紡ぐ圧倒的な非日常を演出するブランド「星のや」、地域の魅力を再発見する上質な温泉旅館「界」、自然を体験するアクティビティを備えたリゾート「リゾナーレ」、都市ホテル「OMO(おも)」、若年層向けカフェホテル「BEB(べブ)」の5ブランドを中心に、国内外で59施設(22年7月時点)を展開している。


◆民間の発想活用した観光街づくり
 日本の地域経済を活性化させる「観光」は、地方創生を支える主要産業の一つだ。もともと観光とは縁遠かった地方都市や、疲弊したかつての温泉街を抱える地方自治体では近年、民間の〝未来発想〟の力を最大限活用した観光まちづくりを実現しようとする機運が高まっている。そんな中で一目置かれるのが、リゾート産業の常識を打ち破る顧客志向の発想で、1世紀以上にわたって「旅」を提供してきた星野リゾートだ。同社はコロナ収束後の観光重要をにらみ、22年中には温泉旅館と都市型ホテルを中心に10施設の新規開業を予定している。「まちづくりの構想策定という川上の段階から自治体に声をかけてもらうことが増えた」と語る星野佳路代表に、観光業と地域活性化の今後の展開を聞いた。

 長野県軽井沢に拠点をもつ同社は、1914年に開業した星野温泉旅館を起源とする。バブル崩壊後の90年代からは、それまで団体客に頼ってきた老舗旅館の廃業が相次ぎ旅館業が斜陽を迎えたが、リゾート産業の常識を打ち破る顧客志向の発想に基づく設備開発やマーケティング手法を導入し、数多くの再生事業で成功を収めてきた。直近の5月時点の稼働率をみても、温泉旅館「界 加賀」(石川県加賀市)が75%以上を超えるなど好調だ。
 ここにきて「数年前までは事例が少なかったが、自治体が(温泉街全体のまちづくり推進に向けて)積極的にリーダーシップを取り始めている」と星野氏。長門湯本温泉(山口県長門市)再生の一環として20年3月に開業した温泉旅館「界 長門」もその一例だ。古くから毛利藩主が訪れ、高度経済成長期に約40万もの旅行客が訪れた歴史ある温泉地だが、近年の旅行スタイルの移り変わりとともに14年にはその数も半減したことから、市が主体になり温泉街の再生に取り組んだ。市とタッグを組んだ同社は、16年1月に「長門湯本温泉マスタープラン」の策定を受託した。
 「全国温泉地ランキングトップ10入り」(15年時点で86位)を果たすべく、「自然を活かした魅力的な温泉街をもつ温泉地」を目指し、妥協ない観光街づくりを進める方針を定めた。温泉旅館組合や地域住民との意見交換を経て、歴史的背景や文化の成り立ち、自然や地形など潜在的な魅力を把握した上で、同社が全国の魅力的な温泉街を生み出す要素として分析した▽外湯▽食べ歩き▽文化体験▽回遊性▽絵になる場所▽休む佇む空間―――のつ6をもとに、土地の魅力を最大化するリノベーションを提案。その一環として「界 長門」には、宿泊せずとも利用できるカフェを併設し、温泉街のそぞろ歩きを楽しめる仕掛けを施し好評を得ている。

長門湯本温泉街。生活感が出てしまう駐車場を離れた場所に配し、川の周辺に風情ある温泉街が広がる


 一方で、農業や工業は盛んだが観光とは縁遠い地域にも、その地域ならではの良さ、独自の文化、自然がある。そこに観光客を呼び込むための仕組み作りにも力を入れている。「地方はさまざまな事柄が〝未開拓〟のまま。ほんの少しうまくやるだけで、ぐっと伸びるポテンシャルを持っている。その伸びしろは、非常にインパクトが大きい」と熱く語る。
 現在注力している奈良県明日香村のプロジェクトは、その最たる例だ。古都として世界遺産を含めた多くの観光資源があるものの、大阪や京都からの日帰りの観光客が多く「泊まらない街」といわれる明日香村。民宿はあるが、中・大規模の宿泊施設の展開がない。明日香村の主導のもと「地域活性化包括連携協定」を締結、相互の連携を強化している。だからこそ「当社社員と村の職員の人事交流が実現し、互いの環境を知り、一年を通じた地域の課題抽出ができた」と手応えは抜群だ。明日香村では実質初となる本格的な中規模宿泊施設を23年に開業するため、このほど基本設計をまとめた。
 そのほか「星のや」ブランドのプロジェクトでは、デザインチームに建築・インテリアのほか、ランドスケープや照明など、複数のデザイナーがかかわる。設計を手がける東環境・建築研究所の東利恵氏、ランドスケープを担当するオンサイト計画設計事務所の長谷川浩己氏への信頼は特に厚い。ともに海外へ視察に行くことも多く、コンセプトの構想段階から議論を重ねている。「こちらが運営の事情や効率、マーケティングなどの事情を一方的に押し通して、波風を立てず妥協案をつくるようでは良くない。一緒に議論し、互いに意見を曲げない時は喧嘩腰になることもあるくらい」と理想の関係を築いてきた。

8月に開業する「界 由布院」。棚田を囲む施設の設計・デザインは隈研吾氏が担当した。

◆コロナ禍、観光業の将来
 コロナ禍により、観光地にいながら仕事ができるワーケーションという働き方は〝市民権〟を得たといえる。オフシーズン対策に頭を悩ませる観光業にとっては「土日だけでなく平日の利用が増え、潜在的な需要を掘り起こすチャンスにもなる」と歓迎する。ワーケーションのニーズをとらえるべく「積極的に設備やプログラムに投資していきたい」とするが、「今のままでは将来的に長く続くとは思わない」と決して楽観視はしない。「定着するには会社と個人が対等の責任をもてる制度改正が必要」とも。
 徐々にインバウンドも回復するだろう。コロナ禍以前の傾向を振り返ると「香港、中国、台湾、韓国の4地域からの来訪者が7割と大半を占め、インバウンド格差が生じていた」のも事実。「分散して世界中から人が訪れる国になるには、19年には3割以下だった欧米市場からの顧客比率を高めたい」と思い描く。
 ただ、あくまで「外国人が増えることが観光立国の成功ではない。地方経済の活性化にどの程度結びつくか」を見据え、日本ならではの「おもてなし」の姿を描いていく。「インバウンドに限った新たな魅力を打ち出すのではなく、その土地が持っている文化を大事に、日本人に満足してもらえるものをつくること」。それが結果的にインバウンドの満足につながると信じる。

(ほしの・よしはる)
1960年生まれ、長野県軽井沢町出身。83年慶應義塾大経済学部卒後、米国コーネル大ホテル経営大学院修士課程修了。91年、4代目として星野温泉旅館(現在の星野リゾート)代表に就任。95年に星野リゾートに改名、所有と運営を一体とする運営特化戦略を日本の観光産業でいち早くとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。2005年に星野温泉旅館を改築し「星のや軽井沢」を開業。22年に創業108周年を迎える。

 



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