ミドリ安全は10月、業界初の試みとして、フルハーネス型墜落制止用器具(ハーネス帯)に後付けする専用エアバッグを開発した。落下と同時にエアバッグが瞬時に開き、クッションが体を包む製品だ。「落下は阻止しても、実際に労働災害は起きている。宙づりで振り子のように外壁などに衝突し、外傷を負うケースは少なくない。無傷で助けることが大切だ」と話す開発チームのリーダー、三橋綾史氏に開発の経緯を聞いた。 2019年に労働安全衛生法施行令が改正され、現在、6.75mを超える作業床ではハーネス帯の着用が義務化されている。こうした時代変化の中、ミドリ安全は衝撃荷重が腹部に集中する胴ベルト型からハーネス帯への移行を、製品開発を通じてリードしてきた。
一方、三橋氏には常に課題意識もあった。「ハーネス帯は、胴ベルト型に比べれば安全性が高い。ただ、もう一歩踏み込んだ対策が必要だった」。宙づり後、ぶつかった先が「硬い鋼材などであれば大事故につながる。実際、地面への落下や墜落時の衝撃荷重からは守れたが、振り子現象で設備に激突し、脳などに重大な損傷を負ってしまった事例もある。この課題を解消しようと開発に取り組んだ」と振り返る。
国が定める落下試験では、人体を模した重りを使い、体から水平方向300mmの位置にフックを掛け、落下時の衝撃などを測定する。この試験では振り子現象は生じない。しかし、「一般の使用者はフックを掛け、移動しながら作業する。フックの位置が体から離れれば、体は落下時、振り子のように大きく振られる」。このリスクに対応するため、クッションで体を守るという発想に至った。
新製品は、落下の衝撃に伴い付属の小型ボンベのピンが抜け、腰から脇、首にかけて瞬時にエアバッグが開く。ボンベはショックアブソーバーと連動しており、フックの外し忘れ程度の引っ張りでは作動しない。
物理的な力を作動スイッチにしたのは、ハードな建設現場での利用を想定したためだ。「海外には、加速度センサーで開くハーネス帯用エアバッグがある。ただ、機械は誤作動や故障のリスクがある。バッテリーや配線の管理には注意も必要だ。厳しい環境下での利用を想定し、この仕組みを採用した」と説明する。
開発を進める中、最も苦労したのが「開くタイミング」だった。「遅すぎてはまったく意味がない。とはいえ、普段の作業で簡単に開いてもいけない」。試行錯誤を繰り返しながら、落下が止まる瞬間、ハーネス帯とエアバッグに時差なく荷重がかかるよう設計。これでショックアブソーバーが切れると同時にエアバッグが膨らむようになり、振り子現象から体を守る、新たな墜落制止用器具が誕生した。
大スケールのものづくりを担う建設業は、常に「危険」と隣り合わせといえる。計画段階での災害リスク排除、危険を予測した手順の順守、指さし呼称や連絡調整の徹底は欠かせず、安全第一でない現場はあり得ない。ただ、人が作業をする以上、それでも事故は起こってしまう。その際、最後のとりでとなるのがハーネス帯だ。
「もし事故があったとしても、作業者を無事に帰してあげたい」とし、「減災の向こう側にゼロ災害がある。そこに向けて何ができるか。課題を一つひとつ解決していきたい」と前を向く。