連載・建築設計事務所/変革の萌芽(2) | 建設通信新聞Digital

10月16日 木曜日

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連載・建築設計事務所/変革の萌芽(2)

【集う理由を描く時代/変化を捉え受け入れる建築/日本設計 篠崎淳(しのざき・じゅん)社長】
 「コロナ禍に設計された建築が竣工し始めている」と語るのは、日本設計の篠崎淳社長だ。新型コロナウイルス感染症の流行が、人々のコミュニケーションの変化を加速させた結果、働く場所の制約はなくなりつつある。それに合わせて建築でも「集まることの価値と自然を感じられる空間の重要性がより高まっている」と変化を読み解く。
 同社が手掛けた建築の中で、その一例と言えるのが「YKK AP30ビル」だ。富山県黒部市で、眺望や光、風の感じ方など「その場所でしか感じられない自然」を体験しながら、「心地よく健康に過ごせて、自然とコミュニケーションが生まれてくる」オフィスを実現した。全国のオフィスで働く社員が訪れたくなる。そんな場所をつくることが、社会の変化に対応する建築の一つの形だという。
 「長岡造形大学 第4アトリエ棟」では、視覚デザイン系のスタジオ群の間にオープンな研究室、プロダクトデザイン系の諸室を配置。分野を超えたコラボレーションを後押しし、デジタルツールによるデザインプロセスの変化に合わせた学びの空間を現出した。こうした「変化を捉え、受け入れる建築」が施設用途にかかわらず次々と生まれている。
 敷地の中だけでなく、より広い範囲で建築の価値を発揮させようとする試みも増えている。例えば新宿駅西口では、同社が設計JVとして参加する小田急電鉄新宿駅周辺の再開発プロジェクトを起点に、周辺の施設や都市基盤も一体となって、よりウオーカブルなまちに生まれ変わらせようという機運が高まっている。
 その際の重要な要素と考えているのが、既存の東京都本庁舎だ。長年にわたり同社が改修を担い、耐震性や機能更新を終え、現在は広場などの足下空間のリノベーションに取り組んでいる。そこでは建築チームだけでなく都市計画チームが協働している。「駅と都庁という象徴的な施設のつながりを考えることが、まちにとって重要な意味を持つからだ」。
 広範囲な都市再生で、「本当に心地よい場所をつくるためには、新築もストックも等価に扱って都市全体の関係性を考えることが大切だ」と指摘する。プロジェクトは敷地単位で進むが、それでも間をつなぐ空間や施設とのつながりにまで目を向けることが、「西新宿やもっと広い新宿のまち」の魅力向上につながる。
 建物の性能というハード面だけでなく、心地の良い都市の居場所づくりや経済的な潤いにつながる活動を誘発する設計思想も重視している。近年、同社では敷地内の緑地を詳細に調査し、植生や将来の植物の成長を計画に織り込む建築も生まれている。木々の成長とともに景観が磨かれ、環境面の性能も高まり、より快適な空間が生まれるという。
 こうした取り組みを支えるのがデータ解析やシミュレーション技術だ。2017年には社内でインテグレイテッドデザイン部を立ち上げ、風環境や日照などの解析を日常的に行う体制を整えた。これにより、自然と建築を等価に扱い、さらに時間という要素を組み込んだ新しい建築デザインを実現してきた。
 クライアントと長期的に協働し、質の高い建築をつくるためには、設計から運用、将来のリノベーションまでも見据えた「伴走型」の関わりが不可欠だ。特に近年は、建築から得られたデータを分析して改善につなげる事例が多い。「建築の価値を磨き、育てていくプロセスが、従来の設計と並ぶほどの重要性を持っている」。設計事務所に期待される役割は変化を遂げている。
【業績メモ】
 オフィスや教育施設、再開発関連の案件が堅調で、売上高は計画を上回る水準を維持している。ただ、物価や労務費の上昇でプロジェクトの中断や延期が生じ、業務環境は「以前より悪化している」。ここ数年は比較的小規模な案件にも積極的に取り組み、大型プロジェクトの進捗(しんちょく)や受注に伴って生じる業績の波を抑え、安定化に努めている。