連載・建築設計事務所変革の萌芽(13) | 建設通信新聞Digital

11月15日 土曜日

インタビュー

連載・建築設計事務所変革の萌芽(13)

【新たな価値の創出が役割/クライアントと未来描く/久米設計 井上宏(いのうえ・ひろし)社長】
 「現代の建築には“新たな価値”を創出する役割が強く求められている」。久米設計の井上宏社長はこう語り、社会に足りない機能を満たすことが第一優先とされてきた時代を経て、現在は「建築を通じてイノベーションやコミュニティー、文化を創出する時代に移り変わってきた」と建築が担ってきた役割を解説する。それだけ、建築に対する社会からの期待が大きくなっていると言える。
 新たな価値を創出するためにこだわるのが、「クライアントとともに未来を描く」ことだ。それは、「創出したい価値のための建築をクライアントと一緒につくりあげていくこと」を意味する。その過程では、関係者と対話を重ね、思いを一つにすることで、地域価値や事業価値、生活価値など「官民問わず、クライアントがどのような未来の価値をつくり出したいかを整理・発見していく」という。
 例えば、ホテルなら「宿泊という機能を超え、宿泊客が都市体験と合わせてどう過ごすか。建築だけで閉じてしまうのではなく、まちとの関わりをデザインする」必要性を提起する。
 また、オフィスなら「働き方を従業員や経営者と一緒にデザインする」ことで「働く場という機能にとどまらないイノベーションの起こし方」を考える。
 新たな価値を追求するためには、設計者自らが、さまざまな立場の人との対話や経験を通じて、広く社会の課題を知ることが大切だ。それを実践するように同社では3年前、まちづくりや価値づくりの活動に取り組む「ソーシャルデザイン室」を設置。地域の一員としてまちの人と交流するなど、課題探しに正面から向き合っている。
 現在では社内全体にソーシャルデザイン室の“思い”が波及し、実プロジェクトに同室の知見が生かされているという。
 こうした活動に取り組む中で「建築が担える役割の可能性」を肌で感じており、「建築が人々に与えるメッセージはとても大きい。使う人、地域に住む人、訪ねてくる人に大きなメッセージを伝え、その人たちを巻き込んだ行動や活動を生み出せる」と確信している。
 もちろんこれまで同様、ハード面にこだわることも忘れてはならない。そのためには、「空間性やたたずまいといった建築自体の魅力を深める」必要性を挙げる。さらに、「複合化も有効だ」とし、「多用途が一つになることで相乗効果が生まれる。例えば庁舎機能に劇場や図書館機能を付加すると、パブリックエリアの役割がガラッと変わる」と説明する。
 「地域に開かれた建築は、集まる人の活動が織り上げる価値観を地域に広げていくことができる」。人やまちと一体になって初めて、建築が生きる。それは社会にも確実に伝わってきている。
【業績メモ】
 2026年3月期の業績は昨年同様順調に推移している。今後数年間は「ある程度活況が続く見通し」だが、人口減少を背景に市場全体の仕事量減少が予想されるため、新築にこだわらず、リノベーション案件にも力を入れている。新築、改修にかかわらず、「新たな価値を創出することには変わりない」と考えている。