大学生の頃からアルバイトをしては格安航空券で旅をし、大学院に入るとスイスへ留学してヨーロッパを巡り、帰国後も研究室の調査やプロジェクトで海外へ足を運び、当時の記録によると、博士課程を終えるまでの学生期間に25カ国、約100都市を訪れていた。独立から15年目を迎えているが、実務の建築設計に向き合う時間が増えても、創作への刺激を求め、自らの立ち位置を確認するように、私はしばしば旅へと誘われてきた。
多くの旅の中でもテーマを持って長く取り組んできたのが、ロッジアと呼ばれる屋根付き半屋外空間の調査である。今年3月、その調査をまとめ、 書籍『ロッジア 世界の半屋外空間 暇も集いも愉しむ場』(学芸出版社発行) を出版した。大学院の修士、博士の論文ではこうしたロッジアのような空間(以下、ロッジア空間)を題材に、現代建築作品を研究対象とし、図面資料から空間的な性格を明らかにするものであった。
一方、世界を旅すればするほど、地域の風土や文化に根差したヴァナキュラーなロッジア空間に魅力を感じ、論文の執筆と並行して海外での調査を蓄積させ、独立後もライフワークのようにそれを継続してきた。
書籍では、19カ国74都市にみられた527のロッジア空間から厳選して46の事例を取り上げ、断面パースペクティブや都市における配置、ヒアリング内容や体験を踏まえた文章などによって、その特徴をまとめている。ライフワークともいえる緩い歩みで約15年のあいだ編集し続け、一区切りついた今、安堵している。
ロッジアへの興味はスイス留学中に師事したペーター・メルクリの講義に始まり、その後、イタリアを敷地とした課題を通して、たびたび本場のロッジアへと足を運んだことで、深く魅せられていった。
広場の一部となる吹きさらしの彫刻ギャラリーのロッジアはいつでも人が集い、大屋根の市場ロッジアの下では対話や仕事が生き生きと繰り広げられ、まちの活気を風雨から守って風景として表出させていた。また、小さな集落や島々では、無名で風土特有の住宅群にもロッジアがあり、そこでは住人が編み物や読書を楽しみ、道ゆく人と視線やあいさつを交わすことで、家に居ながら街路に参加していた。
外気にさらされるロッジアは、室内のように人間本位には環境を制御できないが、だからこそ環境の変化に呼応して過ごす「愉しむ」心地よさがある。そして、自然、まち、建築を一体となって住民が過ごしている情景が、まさに地中海の文化であるように感じられた。
このように、人々の日常の「愉しみ」を支え、地域の暮らしや文化を体現する風景づくりに携わる建築家になりたい。その時に感じた想いが、今も活動の根幹を形作っている。
この3年ほど、最も興味を持って繰り返し訪れている都市の一つが、インドネシアのバリ島である。プロジェクトで訪れた際に、色とりどりの花や食物で飾られ、何やら人々が忙しく働くバレ・バンジャールという大屋根の集会所に出くわした。日本でいう自治会のような共同体組織“バンジャール”の拠点として、住民たちによって自治的に建設、運営、維持管理がされている場だ。
尋ねると、その日は祭礼の準備をしているという話だった。日常的に共同体で集って歌や踊りの稽古、祭りの準備をしたり、地域の必要性や困りごとを議論しながら、時には保育園の建設や商業へも展開するなど、一年中、活動の絶えない暮らしの基盤を支える場だという。
自律的なコモンズとも呼べるこの拠点の建築は、構法、彫刻などの装飾、都市における配置など、共同体の特色を色濃く反映するシンボルとしても重要な役割を果たす。建築、都市からその管理、運営、文化の醸成に至る総体の構築は、民による創生物ともいえるだろう。
私たちの近年の仕事では、共同体の紐帯(ちゅうたい)を失いつつありながらも、その状況を打破すべく葛藤する郊外、地方の施主のプロジェクトが多く、地域で共に没入する時間も長い。旅で体験した数多の魅力的な情景とその原理を脳裏に携え、どこを目指して歩むのか、地域の本質の所在へと立ち戻りながら、暮らしや文化を表す風景づくりに向き合っていきたい。
写真は全て金野千恵氏提供
このシリーズは、建築家の方々に旅と建築について寄稿していただいています。次回は新居千秋氏です。
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