【けんちくのチカラ2020】サニーヒルズ パイナップルケーキの店/俳優 竹下景子さん×建築家 隈研吾さん | 建設通信新聞Digital

4月29日 月曜日

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【けんちくのチカラ2020】サニーヒルズ パイナップルケーキの店/俳優 竹下景子さん×建築家 隈研吾さん

 東京・南青山にあるパイナップルケーキの店「サニーヒルズ」(本店・台湾)は、外壁全面を覆う木組みが道行く人の目を引きつける。建築にはほとんど使われることのない「地獄組」と言われる強固な木組みで、これを3次元に重ねたことで、構造材としての機能と森のイメージの演出を兼ねている。部材は6cm角の細い岐阜県産ヒノキだ。俳優の竹下景子さんは、楽屋で食べたパイナップルケーキがとてもおいしくて、5年ほど前に店を訪ねた。「ビルに囲まれた一角に、本当にたくさんの木で組まれた建物が突然見えてきて、強烈な印象を受けました」。初めて見た建物をそう振り返る。設計した隈研吾さんは「細い木の重なりで木漏れ日のような効果も考えました」と話す。サニーヒルズでの午後、竹下さんと隈さんに建築談義でひとときを過ごしてもらった。

内部の階段側面の木組み前で


 対談は、竹下さんの第一印象が強烈だった隈さん設計の建築、サニーヒルズを中心に、歌舞伎座、縁側などの興味深い話にも広がった。

◆木の命と鼓動重なる
 サニーヒルズの建築コンセプトは「都市の中に森を作る」。木漏れ日が落ち、都会の喧騒とは異なるゆっくりした時間が流れるような場所をと設計された。隈さんは2018年、この店で開いた作画展『クマの場所』で、細い材(木)をたくさん集めて建物を支えるサニーヒルズのつくりが、小さい魚が集まって大きな魚のような群れになる絵本『スイミー』に似ているとメルヘンの世界に例えてもいる。

 竹下さんは、設計者がそんな意図を持つサニーヒルズとの出会いをこう話す。
 「パイナップルケーキを楽屋で頂戴いたしました。とてもおいしくて、どこにあるのだろうと思っていたある時、その場所が分かって、当時の青山の事務所と近かったので行ってみました。そうしたら、ビルに囲まれた中に木造と言っても積み木とも違う、細い柱がいっぱい組み合わせられた1つの建物が突然目の前に現れて、強烈な印象を受けたのを覚えています」

 中に入ってみると、とても静かで都会の中のオアシスのような、隠れ家みたいな空間だったとも言う。
 「これまでお土産でパイナップルケーキを買うだけでしたが、きょうはゆっくりできるというので楽しみにしてまいりました。改めて見ますと、やっぱり隈さんの建築だなあと自分なりに感じています。こうして座ってみるとひっそりとしていますが明るくて、思ったより広く感じますね」

 広さについて隈さんは、「木の不思議なところで、木でつくると同じ面積でも確かに広く感じます。それは『抜け感』というようなものがあるからで、壁でも木でつくられている場合、抜け感があって完全に遮蔽されていないという感じになります」と話す。

 竹下さんは、木が資材として使われてからもまだ呼吸を止めていないような気がするとも語る。
 「木に囲まれた中にいるとほっとしますし、家の中で使われている木でも、木の命と自分がいま生きている鼓動がどこかで重なっているような、そんなイメージがあります。木に限らないですが植物だけが他の世話にならずに自分で自分を育てていきますよね。そこがとてもすばらしいと思っていて、意識するしないにかかわらず、だからこそ人は生きていく上で、そんな木や林、森を求めているような気がします。近付けば近付くほどほっとするところがあります。特に私たち日本人は木との距離感が近く、生活していく上ですごく身近なものですね」

 隈さんは木と日本人の関係などについてこう話す。
 「確かに木は生きていると思います。反ったりしますから。切られる前にも中に固い部分があって、死んだ部分と生きている部分の境目があいまいで、そこがある種、人を引き付けるのではないかと思っています。木には日本文化の原点のようなものがあると感じています。人類は森の生活から始まったので、人類に共通して森の記憶があると言われますが、日本人はそれを保存してきた類まれな民族じゃないかとぼくは思っています。海外で仕事をしていて、木の柾目とか板目とか言っても海外の人はそうなの、という感じで関心がありませんから」

◆外れない「地獄組」
 サニーヒルズの木組みは「地獄組」と呼ばれる。竹下さんは「すごい名称ですが、どのような意味があるのですか」と聞き慣れない建築用語に関心を寄せる。

 一度組んだらなかなか外れないという意味から地獄組と呼ばれていると隈さんは話す。
 「一般的な木組みは木材の片面に溝を掘って、交差する部分を噛み合わせる技法ですが、地獄組は溝を上下交互に掘って編み込むように組んでいきます。障子など和風建具などをつくる際に使われていた伝統的な技法です。サニーヒルズでは、この溝を斜めに切り欠いてつくり、3次元に重ねています。日本の木の文化は、細い木をたくさん使うということに特徴があります。細い木の組み合わせで耐震性能も確保する。これは、間伐材を活用できるという持続可能性にもつながるわけです。空間的にも細い木の方が風が抜ける感じがあります。ここでも細い木をたくさん組み合わせて強いものをつくろうと考え、地獄組に行き着きました。建築では限界の6cm角のヒノキ材を使って3層の建物の一部を支えています」

 竹下さんが「実際にプランができて、施工してみると新たなチャレンジになることもおありになったのではないでしょうか」と聞くと、隈さんは「建築には使わない構造ですので見ておわかりのように、とてもめんどうくさいことになっています。ですから最初の関門は工事をしてくれるところが見つからなかったことでした」と振り返る。佐藤秀が施工を担当することに決まってからも、原寸大の模型で試行錯誤をして確信を得て、この組み方になったのだという。 

 細い木を使うことで、造形的な美しさとともに、重ねることで森の中にいるような木漏れ日の効果も考えたと話す。

木漏れ日のような日差しが入ってくる室内

◆理想の劇場空間
 劇場などの理想の空間について歌舞伎座を例に隈さんはこんな考え方を話してくれた。
 「席に座ったお客さまの空間というのはとても大事だと思っています。演劇はプロセニアムの舞台だけでなく、見ている人と一緒につくられていくものだと思っているので、こちら側(客席側)をどのように気持ちよくつくっていくかがこれからはとても大事になってくると思います。歌舞伎座は、いすのつくり方と客席の配置で昔ながらのやり方を踏襲し、変えませんでした。いすはこれまでどおり体型に合わせるつくり方をしました。とても手間のかかる仕事ですが、快適だからと言っていまの劇場のいすのようにしてしまうと歌舞伎座ではなくなってしまうと考えました。客席の配置も、いまは前後のいすをずらすことが多いので、その配置も考え、実際に両方つくって比べてみましたが、従来どおりずらさない方が見やすいという結論になりました。それは舞台の間口が約30mと横に広がっているため正面だけを見ないからです。昔の方法が理にかなっていることが分かってとても良い経験になりました」

 竹下さんは親交のあった故中村勘三郎さんがよく言っていたという歌舞伎の小屋の話を紹介する。「歌舞伎は、飲んだり食べたりしながら、本当に楽しく、笑ったり拍手したりそういうことをどんどんお客さまが参加して良い場所なんだよと言われていました。もちろん襟を正してきちんと見る場所でもあるのですが、歌舞伎はもっと楽しんで良い場所なんだと、常に口にされていましたね」

 隈さんも勘三郎さんのことに触れて「歌舞伎座に建築家がかかわると主張が強く出て、伝統が失われるのではないかという警戒の声もあったのですが、勘三郎さんが守ってくれた部分もありまして、とても感謝しています」と話す。

◆縁側のある風景を
 竹下さんは10代のころ、東京の自宅に縁側があって、そこがとても快適な空間だったという。
 「父が公務員でしたので、東村山市にできた新しい公務員住宅に住むことになり、その家には縁側と小さな庭がありました。隣りの家とは境があってないような、何を食べているのか、何を話しているのか、ほとんど筒抜けのようなところでしたが、縁側が本当に快適な空間で、原体験の場所でした。夏はそこでスイカにかぶり付きながら種を飛ばしたりもしましたし、記念写真というと家族がみんな縁側に並んで写真を撮るとか、お隣の人が縁側にきてちょっと世間話をしていくような、そんな外でも中でもないちょうど良い加減の場所でしたね」

 隈さんも子どものころ縁側のある家だったのでそこでの記憶がたくさんあると話す。最近COVID―19のあとの建築と行政はどうあるべきかということで、国土交通省でヒアリングがあって、その時に縁側の話をしたところだとも言う。

 「縁側というのは風通しが良くて密にはならないところです。でもいまの建築の法律だと縁側の部分が室内面積に算入されてしまう可能性があるため、縁側が世の中から消えていってしまっています。かなり前からぼくは縁側をつくれるような法体系に変えるべきだと言っていたのですが、今回はほかにも庇や用途規制などを含めて変わるチャンスかもしれないと思っています」

外観をバックに入口前で

■略歴
竹下 景子(たけした・けいこ)
俳優。名古屋市出身。1973年NHK銀河テレビ小説『波の塔』で本格デビュー。映画『男はつらいよ』のマドンナ役を3度務め、『学校』では第17回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。テレビ・映画・舞台のほか、2005年日本国際博覧会「愛・地球博」日本館総館長をはじめ、国連WFP協会親善大使、ぎふ木遊館名誉館長など幅広く活動している。

隈 研吾(くま・けんご)
1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。国内外で多数のプロジェクトが進行中。国立競技場の設計にも携わった。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、ほか多数。

竹下さんと隈さんは、2015年の東京都豊島区新庁舎落成式典で会っているがあいさつを交わした程度で、この対談が実質的に対面する初めての機会となった。竹下さんが「夢のようです」と述べると、隈さんも「こちらこそ、私たちの世代のアイドルですから」と応じていた。

【建築概要】

外観:ヒノキは伊勢神宮の式年遷宮で使われる外宮の用材と同じものを使っている


構造規模:RC一部木造地下1階地上2階建て延べ293㎡
竣工:2013年12月
設計者:隈研吾建築都市設計事務所
佐藤淳構造設計事務所
施工者:佐藤秀
所在地:東京都港区南青山3-10-20

一般的な木組み
それぞれの木材の片面に溝を掘り交差部分をかみ合わせる


地獄組
溝を上下交互に掘り編みこむように組む。両面が同じように伸縮し、狂いが起きにくくなる


サニーヒルズ地獄組
通常の地獄組の溝を斜めに切り欠いて作る。これを三次元に重ねた

■店舗の案内

 台湾のスイーツブランドSunnyHills(サニーヒルズ)
 甘酸っぱい完熟パイナップルのフィリングがたっぷり詰まったパイナップルケーキと、青森県産の紅玉りんごそのままの酸味と甘みを閉じ込めたりんごケーキなどを販売しています。どちらも素材そのものの甘みと酸味、食感を生かすために、保存料や香料など余計なものは一切加えず作ったシンプルなケーキです。



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