【記念シリーズ・横浜市公共建築】第25回 横浜市中央図書館 前川建築設計事務所・橋本功所長に聞く | 建設通信新聞Digital

4月26日 金曜日

横浜市公共建築100年

【記念シリーズ・横浜市公共建築】第25回 横浜市中央図書館 前川建築設計事務所・橋本功所長に聞く


2021年6月に開業100周年を迎えた横浜市立図書館は、この間の大きな時代変化に対応しながら、1990年代半ばには市内18区すべてに設置されるなど、人と本をつなぎ、生涯の学びを支える場としての役割を果たしてきた。94年に開館した『横浜市中央図書館』は、この図書館ネットワークの中核であり、特徴ある建築空間とデザインは、つながり・ひろがる“知の森”を体現するものとなっている。その設計意図とともに、公立図書館の果たす役割とこれからを前川建築設計事務所の橋本功所長に聞いた。

前川建築設計事務所の橋本功所長

横浜市中央図書館は、横浜の繁華街を見下ろす小高い野毛山公園に隣接した敷地に建つ。坂道の登り口から分かれるような傾斜地の複雑な敷地形状にあって、「この土地を見たときに、野毛山公園と街との連携がとても大事であり、この敷地の不定形をどうやって生かすのかをまず検討した」という。

野毛山公園と一体となった図書館全景(上下とも撮影・川澄明男、提供・前川建築設計事務所)

◆単位空間がつながり・ひろがる“知の森”

「ある一定のボリュームを持った単位空間がつながり、時には重なり変化しながら増殖していく」という“前川建築”の特徴も生かしながら「この土地に合う増殖の単位は何か」を探り、検討を重ねた結果、導かれたのが「柱を中心に、正三角形を組み合わせた正六角形が隣り合うことで増殖していく」プランニングであり、全体の佇まいとしても「六角形のボリュームが立ち上がって山なりにつながり広がっていく。野毛山と街の景観に対しても一つのリズムを与えることができる造形」をもたらしている。

開館時で約150万冊の蔵書を収容できる、公立では全国有数の規模を誇る大型図書館として、限られた敷地とスペースの中で大規模開架を実現する上でも「単位空間」の考え方は効果を発揮した。人がスムーズに移動できるよう、書架の間隔は1.8mに、柱と柱の間隔は書架6列分となる10.8mにそれぞれ統一。さらに「図書館の計画では利用者はもちろん、そこで働く人たちの動線をどれだけ短くできるかが大事」だとして、六角形の単位ユニットを湾曲するように展開し、大空間の閲覧室を確保しながら、光庭を挟んで抱え込む形に事務室を設けることでバックヤードからの移動が容易な効率のいい書架配置を可能とした。

閲覧席も六角形の形を生かして窓側に設置することで、資料と座席の距離をできるだけ縮めると同時に緑豊かな外部環境ともつながる、居心地の良い快適な空間環境を提供している。

図書館には歴史的、学術的な価値の高い資料や書物も多く保管されている。それだけに空調環境の整備にとどまらず、「建物自体が丈夫で元気でなくてはならない。シンプルイズベストで長持ちする素材を使うのも基本の一つ」と前川建築の流儀の一端を語る。

1階エントランスと総合カウンター、正面に光庭がみえる

◆本を守り、本とふれあう

この図書館では、蔵書を温度や湿度の変化から保護するため、外壁は石張りとし、外断熱で二重壁のオープンジョイント工法を採用した。「要するに躯体があって断熱材があり、その外側に空気層があって石がある。外気温が上がっても躯体を温めず、室内に対しても外気の熱負荷を抑えている。省エネ的にも優れた性能を持っている」ことに加え、水密性を保持し浸入した水を外部に排水させるため、「よほど大きな災害でもない限り、しっかりとメンテナンスしていけばこの建物の構造体としての鉄筋コンクリートは100年でも200年でも長持ちできる」と自信を込める。

他方、「商業的で劇場化」する近年の公共図書館の在り方には率直に疑義を差し挟む。「ショールーム化も一つのやり方ではあるし、いろいろなバリエーションがあっていい。だが図書館活動の原則は本と人がどうふれ合うかであり、写真映えするからと人が集まり、見に来るものではない。単に本の表紙を見せるのではなく、著者は何を訴え、何を語ろうとしているのかを感じられる、触れることができるところに図書館の醍醐味があるはずだ」と。

横浜市中央図書館では、より多くの市民に「本を手にとってもらいたい」との思いを込め、書架の高さを身長150cmの人が一番上の棚に手が届く2065mmに設定した。情報過多社会だからこそ、94年のユネスコ公共図書館宣言にある、「地域において誰もが知る権利を得る窓口」であり「自分の意思で自らの思想性を培い、情報を判断し、それを発信できる礎をつくる」という公共図書館の役割は「今後ますます重要になっていく」と見据える。

4階平面図。六角形のユニットが展開するフロアは閲覧室とバックヤードを効率よくつなぐ



【横浜市立図書館の100年】

幻の計画となった「横浜市図書館設計図」(1921年11発行の横浜市要覧より)

横浜市は1919(大正8)年、開港60年・自治制施行30周年の記念事業として、明治期から繰り返し要望されてきた横浜市図書館の建設を計画し、寄付金を募るとともに約4000冊の図書を収集するなど開館準備を進めた。この図書の閲覧を求める市民の声を受けて、本館建設に先立ち、21(大正10)年6月、横浜公園内に仮閲覧所を開設した。これが市立図書館の歴史の始まりとなる。

しかし、2年後の23(大正12)年9月に発生した関東大震災で仮閲覧所の建物と資料は焼失し、図書館の建設計画も灰燼に帰した。そのわずか3カ月後、震災から立ち上がった人びとの尽力により南区にバラックの「中村町閲覧所」が開かれ、翌24(大正13)年3月には横浜公園内に第一と第二仮本館が竣工している。

野毛坂に1927年完成した「横浜市図書館」(デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」より)

27(昭和2)年7月、現在の中央図書館が建つ野毛坂の旧老松小学校跡に、待望の横浜市図書館が開館した。戦時下や終戦直後の接収などの困難に見舞われたが、47年に移転先から野毛坂に復帰。その後も長く唯一の市立図書館として市民に親しまれた。

「図書館法」が50年4月に公布、館外個人貸出開始とともに閲覧無料となり、7月の施行後、全国的に図書館建設ブームが巻き起こる。70年移動図書館「はまかぜ1・2号」巡回開始。74年には市立図書館2館目となる礒子図書館が開館し、これを皮切りに各区の図書館建設が進んだ。81年12月策定の「よこはま21世紀プラン」で1区1館建設と中央図書館建設方針を確立。中央図書館は90年着工、94年4月に全面開館し、市立図書館をネットワーク化した図書館情報システムも全面稼働している。95年には18区目の緑図書館が開館し、1区1館を実現した。

開業100周年の節目となる2021年では、電子書籍サービス開始や移動図書館事業拡大、図書取次サービス拡充など新たな事業・サービスも始めた。22年3月末には中央図書館地下1階を「交流と学びのフロア」にリニューアルし、館内で会話ができるエリアとするなど、次の100年に向けた歩みを踏み出している。

◆佇まいや空気感 受け継がれる前川イズム

横浜市中央図書館のピロティを中心とした自由通路(撮影・川澄明男 提供・前川建築設計事務所)

モダニズム建築の騎手として、戦後の日本建築界をリードした建築家の前川國男。横浜市内では、初期の代表作であり、21年8月に神奈川県指定重要文化財(建造物)にも指定された『神奈川県立図書館・音楽堂』(1954年)など多くの公共建築の設計を手掛けた。横浜市の施設では、すでに解体された『横浜市教育文化センター』(74年)のほか、晩年の作品となる『横浜市中区役所』(83年)がある。

横浜市中区役所庁舎。外壁の打ち込みタイルは打放しコンクリートの耐候性を考慮した前川建築の特徴となる (撮影・畑亮 提供・前川建築設計事務所)

横浜市中央図書館は、前川國男が86年に亡くなった以後の建築だが、そこには「前川建築」としてのデザインポリシーがしっかりと受け継がれている。

なにより大切にしているのが「その建物が持っている風景や佇まいであり、前川建築だね、と伝わる空気感や素材感」だという。例えば「サッシュは耐候性鋼のしっかりしたスチール。打放しコンクリートも本実型枠で木目の肌合いを残す。要するに素材の持っている存在感を大事にする。石やタイル、鉄なら鉄なりに年を経ればいい色合いを出すという発想。化学的物質からできているペラペラなものは使いたくないという発想がある」と説明する。

前川建築の既存改修でも「建物は使われてこそ生きてくる」として、「その時代に即して使いやすく変えていく」一方で、「この建築の基本となる伝えていきたい、みんなが大事にしていきたいところ、この風景は残していこうという変えてはいけないところもある」とし、それは「不易流行」に通底するものだと語る。

「この建物に来ると何かいいね、ホッとするねという場所をそれぞれ見つけていただいて、長年みんなから親しまれていく。そういう使われ方があって、建物の用途とは別に愛され、大事にされていく。そういうことのつながりが街を育て、建築を育てていくのだと思っている」とも。

前川國男が設計した公的施設がある全国9自治体が、前川建築を始めとする国内の近代建築を有用な観光資源として利活用し需要を創造していこうと活動している近代建築ツーリズムネットワークには、神奈川県も参画しており、神奈川県立図書館・音楽堂や同県立青少年センターなど横浜・紅葉ケ丘の前川建築ツアーも随時企画されている。

また、県立図書館の新しい本館が9月に開館することに伴い、旧本館は「前川國男館」として、増築部分などは撤去しオリジナルに戻して「魅せる図書館」に改修する。現在、改修設計を前川建築設計事務所で進めており、25年度に着工、26年度中に供用する予定だ。

こうした取り組みや新たな展開によって「図書館のファンが増えたり、図書館のネットワークによって活動が活性化していくことを期待したい。そのためにも建築がより多くの市民に親しまれて使われていくような働き掛けをいろいろ考えていく必要がある」と指摘。それを担保するためにも「ライフサイクルコストの考え方を取り入れた長周期の保全計画による十全なメンテナンス」の必要を強調する。

◆施設概要
▽所在地=横浜市西区老松町1
▽敷地面積=9993㎡
▽建築面積=4765㎡
▽延べ床面積=2万4520㎡
▽構造規模=S・SRC造地下3階地上5階建て塔屋1層
▽設計・監理=前川建築設計事務所
▽建築施工=竹中・東急・松村・紅梅・和同建設共同企業体
▽工期=1990年2月-94年1月



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