【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿 2年半ぶりの海外渡航、コペンハーゲンへ | 建設通信新聞Digital

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【45°の視線】建築史家・建築批評家 五十嵐太郎氏 寄稿 2年半ぶりの海外渡航、コペンハーゲンへ

 2020年1月に米国のニューヨークを訪れた後、新型コロナウイルスが瞬く間に世界を変えた。2月や3月に予定していた深圳・香港都市建築ビエンナーレやザハ・ハディドによる新しい北京空港の見学を諦め、そのまま海外への道が閉ざされた。筆者が監修した二つの国際巡回展も影響を受け、時期が遅れながらも開催されたが、結局、ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロ(「窓学展:日本の新しい建築観」)、フランスのパリとオルレアン(「かたちが語るとき:ポストバブルの日本人建築家(1995-2020)」展)の会場に足を運べなかった。実はパリのオープニングでは渡航を計画していたが、直前にロックダウンとなり、フライトをキャンセルした。
 そこで海外の代わりに、しばらくは国内で後回しにしていた地方を精力的に回っていたが、ようやく出入国のハードルが下がっている。幸い、窓学展は4番目の巡回先としてコペンハーゲンのヴィラム・ウィンドウ・コレクションで開催されるタイミングにあわせて、9月におよそ2年半ぶりの海外を体験した。なお、会場はトップ・ライトの製品で有名なベルックス社が、06年に設立した窓の収集・展示・研究を行う施設である。北欧を中心にヨーロッパの窓のコレクションが充実しており、日本を含むアジアが少ないということで、窓学展が招待されたのだ。
 改めて海外とは異文化を体験する機会だった。まず乗り換えのヘルシンキ空港で、誰もマスクをしていない。たまにマスクを見かけると、日本人など、東アジアからの渡航者である。デンマーク国内では、屋内外ともに完全にノーマスクの風景だった。かろうじて建物の出入り口に手指の消毒液が残るくらいである。そして再び、あぁ日本に帰国するのだと強く感じたのは、空港の日本便のゲートの周辺で、乗客がマスクをつけ始めたときだった。人種や言語だけでなく、コロナ禍への対応という別のレイヤーによって異なる世界が存在している。
 そして今回、痛感したのは円安の衝撃だった。もちろん、もともとデンマークは税金が高く、街中でも世界で8番目に物価が高い国だから、うちで購入するとお得といった広告が、外国人向けに英語で記されている。それでも普通のホテルが1泊2万円、近くの食堂で試しになんちゃって日本食の牛肉ラーメンを注文したら、約2500円だった。物価は倍か、それ以上の感覚である。昔は海外で安いと思うことが多かったが、なるほど、現在は外国から日本に来ると、なんでも安くておいしい国だろう。金銭面でも、異国が遠くなったことを思い知らされた。1970年代以前の日本の状態に戻ったのかもしれない。海外は遠くになりにけり。コロナ禍以前はこうした違いをあまり感じることなく、すぐに建築や都市を見学していた。

窓学展(筆者監修)の導入部に設置した現代美術家・津田道子のインスタレーション。国際巡回展の4番目の開催地はコペンハーゲンで、筆者は9月に約2年半ぶりに海外渡航し、この巡回展に立ち会うことができた

◆コロナ禍を経て「異文化」を改めて体感
 さて、コペンハーゲンとその郊外には、OMA、ダニエル・リベスキンド、ザハ・ハディドらのスター建築の作品がある。これらはグローバリズムの時代における世界都市の標準となっているが、いまだ東京には彼らの目立つ作品がない。廃棄物発電所の屋上がスキー場になっているなど、BIGが設計した驚くべき造形のびっくり建築もあちこちにある。
 特に水辺や南部は、巨大な庇(ひさし)が張り出すオペラ劇場、V字型の立面を持つホテル、円形の小学校など、一目見たら忘れられないような、にぎやかな現代建築が多い。炎上を恐れて控えめなデザインになる東京の再開発とは、発想がまるで違う。
 自転車を重視する交通システムや、豊かな公共空間も印象に残った。例えば、バスケットボールができる都心の屋外広場、子どもの遊び場、かなり幅が広い歩道などである。また、運河沿いはほとんど柵がなく、ユニークな造形の人道橋、エクササイズのためのファニチャー、飛び込み台を設けるなど、積極的に親水空間がつくられていた。日本では真ん中に肘掛けをつけ、ホームレスが寝そべれないようにする排除ベンチが増殖しているのに対し、コペンハーゲンではゼロではなかったが、ほとんど存在しない。


 

(いがらし・たろう)建築史家・建築批評家。東北大大学院教授。あいちトリエンナーレ2013芸術監督、第11回ヴェネチア・ビエンナーレ建築展日本館コミッショナーを務める。「インポッシブル・アーキテクチャー」「装飾をひもとく~日本橋の建築・再発見~」などの展覧会を監修。第64回芸術選奨文部科学大臣新人賞、18年日本建築学会教育賞(教育貢献)を受賞。『建築の東京』(みすず書房)ほか著書多数。



 

  

   

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