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5月1日 木曜日

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【東京・谷中の花重リノベーション】歴史的建物の保存・活用に一石/MARU。architecture

戦前棟のボリュームを拡張した鉄骨フレームの半屋外空間


 木造家屋が点在する風情あるまち並みや、懐かしさの漂う商店街など、今では貴重な景色に触れられる東京・谷中。歴史ある町家を生かしたカフェをはじめ、昔の建物を次代に引き継ぐ動きも活発だ。こうした中、歴史的建物の保存・活用の在り方に風穴を開けたリノベーション建築がある。それが、明治3(1870)年創業の花屋『花重』だ。「変化しながら残す」という新たな保存の在り方で、歴史性と現代性を両立したカフェ併設の花屋に再生した。設計を手掛けた「MARU。architecture」共同主宰の高野洋平氏と森田祥子氏に、設計の舞台裏を聞いた。

高野氏(左)と森田氏


 リノベーション前の花重は、国の登録有形文化財である店舗「明治棟」や同棟奥の「戦前棟」「江戸長屋」「住居棟」「社員寮」など計8棟の建物で構成。増築に次ぐ増築で敷地いっぱいに建物が立ち並び、崩れかけている部分もあった。

 そこで、この地域で広告・不動産業を営む山陽エージェンシーが花重の保存再生に立ち上がった。「まちに開放された半屋外の空間をつくりたい」という思いとカフェを併設するという条件の下、明治棟を含む4棟を残す建築とし、屋内から半屋外、屋外へと建築が「ほどけてなくなっていく」空間に再構成することにしたと森田氏は解説する。

新旧が混ざり合うことで使い続けられる建物に


 こうした空間をつくり上げる過程では、既存建物やそのつながり方の大部分を大幅に刷新した。なぜなら、「従前の状態にただ戻すという凍結的な考え方ではなく、人間の細胞が3カ月で全て入れ替わるのと同じように、新陳代謝を繰り返し、動いている状態をつくろうと考えた」(高野氏)ためだ。この考え方は、“継ぎ足し”を続けてきた建物の神髄で、元のうまみを残しつつ、変化を続けることこそがこの場所の“保存”だった。

 保存の過程を見ていくと、住戸として使われていた2階建ての戦前棟の外壁は庭に向けて大きく開き、間仕切りはほぼ全て取り除いたほか、吹き抜けを新たにつくり、カフェ空間にリニューアル。その奥に、切妻型の屋根を含め、戦前棟のボリュームを拡張した鉄骨フレームの半屋外空間を設けた。

テラス


 屋根も壁も間仕切りも何もない鉄骨フレームのみのこの“建築”をつくった背景には、「高度経済成長時代の価値観から脱却し、都市の中にいる生物や環境と共生していく建築をつくりたい」(森田氏)という思いがある。このフレームには60mm角の無垢(むく)の鉄骨を使用しており、将来的に別の場所にタップを切って梁を架け替えることができ、まさしく新陳代謝を繰り返す建築と言える。

 完成から時間が経過して鉄骨がさびを帯び、木の柱のように見えることで、屋内の木柱から半屋外へと自然なつながりも感じられる。

 さらにその奥は屋外の庭空間で、植えられた多品種の植物は季節によってその表情を変え、ほっとできる憩いの場所に仕上がっている。改修前は建物で覆われていたが、実はこの場所、江戸時代に広場として使われ、盆踊りが催されることもあったほど、コミュニティーの場として大切にされていたことが判明したという。時代を超え、再びこの場所に広場が取り戻されたことは、けっして偶然ではないはずだ。

 こうした“変える”部分だけでなく、“残す”過程も見逃せない。

 というのも、明治棟は地震などを経て建物に少しずつ歪みが生まれ、仕上げに隠された柱の足元は腐り、屋根は傾いていた。そこで、いったん仮補強で建物全体を浮かせ、水平・垂直を取り直した上で腐った部分の柱を継ぎ足し補強し、歪みを取り除いた。

江戸長屋


 「改修前はトタンで覆われ掘立て小屋のようで、まさか江戸時代のものが隠れているとは想像もしていなかった」と森田氏が言う江戸長屋は、庭のメンテナンス用に車両を通すため、700mm程度高さをかさ上げした以外、基本の構造体は全て当時のものを活用し、復元した。

 残す部分を適切に捉えながら、新たな価値を吹き込んだ今回のリノベーション。まさに新たな保存の在り方を提示した格好で、「変える」「残す」のどちらかだけでは今回のように、この建物に長く愛着を持って接してきた人と、初めて訪れる人の双方を満足させる保存はなし得なかった。

 森田氏が「相続した住戸の扱いに悩んでいる人は少なくない。そのままの状態で保存するにしても、昔の家と現代的な暮らしの間には乖離(かいり)が生じており、保存を断念し、解体してしまうケースが後を絶たない。今回、変化しながら残すという選択肢を提示できた」と胸を張るように、歴史や伝統の重みにも身構えずに保存できるというメッセージの発信につながった。

刻んできた歴史に新たな価値を吹き込むカフェ2階


カフェ1階


 今回のリノベーションは、一見すると別の空間のように感じる人もいるかもしれない。しかし、花重4代目の中瀬いくよさんが「(戦前棟の)2階は勉強部屋で、私と兄が学生時代に使っていた。そしてその後は応接室になった。いま庭になっているところは両親の部屋だった」などと、次々と当時の思い出を語ってくれたように、建物・場所の記憶は当時のままで、“見えない”痕跡が残り続けている。戦前棟1階のカフェの柱に背比べの跡があるなど、見える痕跡にも触れられる。

 中瀬さんはこんな話もしてくれた。「改修前、ここに住み着いていた猫がいた。そして改修後、その猫がまたふらっとやってきた。家だと思ってるんじゃないかな」と。

 大変貌を遂げつつも、これまで築かれてきた記憶は確かにその場所に宿る。新旧が混ざり合い、互いの要素が溶け合うことで、真の意味で使い続けられる建物になる。

 2024度のJIA優秀建築賞やAACA賞優秀賞を受賞するなど、リノベーションの在り方に一石を投じ、高い評価を受けた花重。中瀬さんが「茶屋町だったこの周辺の光景がこの先も残ってほしい。みんなの協力の下、残すようにしていきたい」と思いを強くするように、今回のような保存手法も選択肢の一つとして、いまある建物を後世に引き継ぐことが当たり前になる未来はそう遠くはない。

◇概要

▽事業主体=山陽エージェンシー
▽建築設計・監理=MARU。architecture
▽保存設計=たいとう歴史都市研究会
▽施工=ヤマムラ(既存)、雄建工業・紀陽工作所・ビーファクトリー(新設)、アゴラ造園(外構)
▽所在地=東京都台東区谷中7-5-27
▽改修完成時期=2023年5月

 

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