連載・建築設計事務所変革の萌芽(4) | 建設通信新聞Digital

10月23日 木曜日

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連載・建築設計事務所変革の萌芽(4)

【オフィス間の「協調共創」推進/万博契機に「建築の力」再認識/東畑建築事務所 米井寛(よねい・ゆたか)社長】
 もともと公共建築を得意としてきたが、「旺盛な設備投資意欲を背景に、近年は民間が公共の売り上げを上回る」状況が続いていた。東畑建築事務所の米井寛社長は、そう振り返った上で、「公共建築は地域の顔でもあり、もう少しリソースを振り向けたい」との思いもあり、自治体など公共建築のプロポーザルには積極的に挑戦していると明かす。
 今期に入って、学校、図書館などのプロポーザルの特定が相次いだ。図書館は地域の情報交流拠点としての重要度が高く、これからも取り組む。また「児童相談所を核とした複合福祉施設」も各地で受注した。「名古屋オフィスが得意としているジャンルだが、豊富なノウハウを生かし実績が伸びている」と説明する。「教育・文化は元来、当社が強みとしている領域であり、今後もしっかりと実績をアピールしていきたい」と前を向く。
 最近の工事価格高騰については、「構造的に根深い問題だ」と危機感を示す。物流施設やデータセンター、生産施設といったジャンルは高い需要が続く一方で、価格の高止まりにより、「医療施設や商業施設などは多くの事業がストップしている」ためだ。
 「現場の担い手不足や高齢化により建築の生産力自体が細り、これがボトルネックになって需要に応じ切れていない。設計者として、事業成立のためのコストダウンに努めなければならないが、限界はある。担い手不足は社会全体の課題でもあるが、建築界においては設計者、施工者が一体となって生産の合理化や省力化に取り組まないといけない」と指摘する。そのためにはDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展は不可欠だが、「設計BIMと施工BIMの一貫性にはまだ課題がある」とも。
 今年4月開幕した大阪・関西万博には、施設の設計に関与したこともあり熱心に通った。印象的だったパビリオンとして、建築デザインでは「サウジアラビア館」を、展示では「ヨルダン館」を挙げる。ヨルダン館の内部には現地から空輸された砂漠の砂が敷き詰められていて、素足で歩くときの「VR(仮想現実)やAR(拡張現実)では得られない本物の身体感覚」に感動を覚えたという。
 「建築の力が、再認識された万博になったのではないか」。社会の持続可能性や人々の多様性の尊重に対する建築提案も多くなされたが、同時に「非日常空間の価値」を改めて実感し、「建築には人をわくわくさせ感動させる力があることを再確認した」と語る。この体験に倣えば「例えば劇場やスタジアム、アリーナなどの人々が熱狂し歓喜する空間は、『いのち輝く』ために必要だ」と強調する。
 「コロナ禍が明け、対面で働くオフィス空間の重要性が再認識されたように、人間同士のリアルなつながりを生む場所としての建築の価値は普遍的なものだ。設計者として私たちが果たすべき使命も変わりない。これからも、人々の喜びや幸福と共にある建築をつくっていきたい」
【業績メモ】
 2025年5月期決算は増収増益で着地。売上高・利益高ともに過去最高を記録した。要因について、「民間案件の好調とジャンルのバランスのとれた受注、そして東京・名古屋・大阪・九州の4オフィスが連携し情報共有を図ってきたことが功を奏した」と考えている。「『オフィス第一』では全社として成長しない。オフィス間の協調共創を進めるため自分は、方針は示しつつも調整役に徹している」。