場面を待つ建築–。東大生産技術研究所教授で建築家の今井公太郎氏が目指す建築の在り方だ。演劇がシーンに合わせて舞台転換していくように、固定的な建築であっても、時間や外部的要因、さらには時代によって、その使われ方は柔軟に変化していくことができる。今井教授は建築の本質をそう捉えながら、日々設計に向き合っている。2025年度JIA優秀建築賞を受賞した静岡県伊豆市の『伊豆市津波避難複合施設テラッセオレンジトイ』などの具体例を通じ、今井教授の建築観を読み解いた。
「場面が転換していくことを受け入れ、それを織り込んだ建築をつくることが欠かせない」と考えるに至った背景には、師である建築家・原広司氏の影響がある。原氏は、空間に時間的変化を重ね合わせた『様相論』を提唱し、『場面を待つ』という言葉を好んで使っていたという。
この考え方を小学校の教室に当てはめると、「日中は授業の場所、放課後は学童クラブのための場所、運動会の日は保護者と子どもたちがお弁当を食べる場所になる」というように、固定された一つの場所であっても、その場面は次々と転換していく。
学校の場合は使われながら、自然発生的にこうしたサイクルが生まれているが、24年に開館した伊豆市津波避難複合施設テラッセオレンジトイは意図的に、複数の“場面”が重ねられている。
ここでいう場面とは非常時と平時で、非常時は隣接する海で遊ぶ観光客や地域住民を津波の脅威から守る「避難施設」、平常時は遊び、くつろぎ、交流できる「観光施設」として設計された。
対極に位置する用途の組み合わせだからこそ、乗り越えるべきハードルは少なくなかった。中でも苦労したのが、防災施設に求められる高い建築基準とデザイン性の両立だ。鉄骨やボルトの武骨さが目立つ施設ではなく、「通常の公共建築のように、きれいにつくることにこだわった」という。
なぜなら、「『おしゃれな場所なら行ってみたい』と思ってもらえる施設であれば、この場所が避難施設であることを知るきっかけになる」と考えたためだ。実際に世代問わずさまざまな人でにぎわう施設になっており、海岸から直接アクセスできる2階の半屋外空間は憩いの空間として親しまれている。
このプロジェクトの実現の裏側には、都市計画やまちづくりを専門とする加藤孝明東大生産技術研究所教授と協働して取り組んだ、東京都葛飾区の『浸水対応型市街地構想』(19年)策定作業の経験もある。高台のプラットフォームをまちに張り巡らせ、平時の「親水」と非常時の「浸水」対策の両立を目指す構想で、まさしく、場面転換が織り込まれた提案となっている。
これまで防災に関するさまざまな建築・まちづくりに取り組んできた今井教授。阪神・淡路大震災によって、なじみあるまちが崩壊する様子を目にした(同大助手の)時から「防災」は自身のテーマの一つであり、場面というキーワードと防災がリンクしていくことは必然だった。
最近は、今井研究室で日本の文化とも言える「銭湯」と防災を結びつけた研究を進めている。井戸水を使用している銭湯は数多く、その水を災害時に役立てられないかと考えているのだ。発災時に給水施設として使うことで、「まち中に給水スポットが生まれる。都市計画に組み込むことができれば、例えば、今後起こり得る首都直下地震に備えることにもつながる」とみる。
このほか、「足場」にも注目している。足場を解体することなく、そのまま構造材として建築をつくるという構想で、既に実践し、既存のくさび式足場に3Dプリンターでつくったジョイントを加えることで発泡スチロールパネルの外壁や屋根を取り付けられるようにして「足場の家」のプロトタイプをつくり上げた。足場を建築にできれば、「数日で応急仮設住宅を組み上げることができる」という。これも、「場面を待つ」という発想から生まれたプロジェクトだった。
今井教授は今後、「自分の根底に流れる『場面を待つ』という考え方をもう少し具体的に、ケースとして社会に示していきたい」と意欲を見せる。そう考えるのは、人口減少が進み、これからますます一つの建築を建てる重みが増していくからこそ、「“場面”を意識しながら建築やまちづくりに取り組まなければならない」との覚悟があるためだ。
そうした状況下で今井教授は、「とがった建築をつくっていきたい」と前を向く。



