【横浜支局暑中企画】東京大学特別教授・名誉教授 隈 研吾氏とスーパーシティの未来像探る | 建設通信新聞Digital

5月11日 土曜日

公式ブログ

【横浜支局暑中企画】東京大学特別教授・名誉教授 隈 研吾氏とスーパーシティの未来像探る



 2020年5月、スーパーシティを整備するための「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律案」が参院本会議で可決、成立した。内閣府は同年12月末、スーパーシティ型国家戦略特別区域の指定を希望する地方自治体の公募を開始し、21年4月16日の締め切りまでに全国から31の自治体が名乗りを上げた。政府は今後、複数の自治体を区域指定する予定だ。そこで、建築家・隈研吾氏のインタビューや神奈川県内自治体の取り組みから、スーパーシティの未来像を探る。

「いままでの“集中”の新バージョンでは賛同を得られない」。新型コロナウイルス感染症の流行は、超高層を始めとした建築の常識を一変させた。建築家・隈研吾氏は、こうした歴史の折り返し点で、スーパーシティのあり方をこう断言する。新材料の利用など、規制の特例措置を有効活用していくことの重要性も強調する。全国各地でアーキテクト(統括責任者)や顧問を担当している隈氏に、スーパーシティをつくり上げていく上での建設業の役割、新たな時代のスーパーシティ像を聞いた。

“箱からの脱出” 緑の存在が大きく

–スーパーシティの実現には地域住民の理解が欠かせないと思いますが、プライバシーの問題をどのようにお考えですか?
 「一般的にスーパーシティは、データを取られて管理され、人間のほうが技術に管理されるようなイメージがある。しかし、僕は逆に、スーパーシティの中だからこそ人間が、『自由になれる』『技術から解放される』ようにならなくてはいけないと思う」

–ここに住みたい、スーパーシティの実現に協力したいと住民に思ってもらうには、どのようなことが必要になってくると思いますか?
 「技術と人間の上下関係を考えたときに、人間が上位だということを住民の方に体で感じてもらう必要がある。理屈ではなく体感で、身体的に感じてもらえるようにする。そのためには、ランドスケープを含めた建築のデザインの力がとても重要」

–スーパーシティの実現を目指す全国各地の自治体で、アーキテクトや顧問を担当されていますが、ランドスケープを含めた建築のデザインで意識されていることを教えてください
 「主役は緑だと考えている。そこには、新型コロナウイルス感染症が気付かせてくれた、“箱からの脱出”という視点がある。コロナ禍で、緑の中に出ていかなければ生存が脅かされるという認識が、社会に広がり始めた。単に、緑の中のほうが気持ち良いという問題ではなくなった。スーパーシティを具体化する段階では、緑というものの存在感を大きく出していきたい」

–新型コロナはスーパーシティのあり方にも影響を与えているということですね
 「コロナというものは、建築の歴史、ひいては人類の歴史の折り返し点だと思っている。現在は、まさに『集中から分散へ』『都市から自然へ』と折り返していく過渡期にある」

 「歴史をたどると、狩猟採集で生きてきたホモサピエンスが農業へとジャンプしたときから、集中が始まった。そして、農業から街、そこから都市ができ、高層化につながる。最終的に集中は、超高層という都市形態に変貌する。しかしコロナで、『超高層は効率的だ』というこれまでの社会の当たり前が覆された」

 「スーパーシティは、こうした歴史の折り返しの中で、新しいビジョンを示すものでなければならない。“集中”の新バージョンに過ぎないと思われたら、絶対に賛同を得られないし、携わる人たちも決して幸せになれないはず。折り返しの1つのきっかけとして、新たな時代のスーパーシティ像を示す必要がある」

 「スーパーシティの肝となるDX(デジタルトランスフォーメーション)が、集中化に対する分散化の糸口となることも強調したい。DXをもってすれば、高層ビルの中でなくても、箱の外で効率良く、気持ち良く仕事できる場合もあるということが社会に浸透してきたことからも分かるだろう」

スーパーシティでは規制から解放され、哲学が問われる

–折り返し点としてのスーパーシティ像を教えてください
 「スーパーシティでは、レギュレーション(規制)を無視してやってくれ、これまで違反行為だったことをどんどん提案してくれと政府からも言われている。このため、戦後という特殊な時代の産物ともいえる現行の建築のレギュレーションが出来上がる前の都市のあり方を含めて、自由に考えていきたい」

–レギュレーションが建築の幅を狭めるような面もあったのでしょうか?
 「建築とレギュレーションは、切っても切れない関係にある。例えば、深い庇をつくろうと思っても、外壁から1mを超える部分は建ぺい率にカウントされてしまう。だから、 仕方なく空間を閉じてしまうという方向に向かう。現行建築基準法が、箱という閉じて不健康なものをわれわれに強いてきた」

 「道路もレギュレーションの中で重要なポジションを占めている。そもそも建築のレギュレーションは、自動車に依存した20世紀の社会がつくり出したもの。『全ての敷地は道路に面さなければならない』というルールは、自動車への依存という20世紀的状況から出てきた。いまの東京の風景は、道路を主役にしてつくられている」

 「一方、スーパーシティでは、道路という制約が外れる。1人用のモビリティーだったり自動運転だったり、移動というもののあり方自体が変わってくる。20世紀とは道路の存在理由がまったく異なるため、道路の再定義が必要になる」

 「マテリアル(材料)に関して言うと、建築は基本的に、コンクリートと鉄とガラスでつくるように強いられてきた。その背景にあるのは、20世紀の工業化と標準化。地域の多様性ではなく、大量生産に重きが置かれていて、都市を構成する物質まで画一化した。しかし、スーパーシティでは、従来の法規に縛られることなく、僕らの提案次第で新材料を使える可能性がある。産官学民で連携してスーパーシティをつくり上げる過程では、マテリアル研究分野の方とも協働して新たな建築のあり方を提示していきたい」

–隈さんはこれまでも、耐震補強にカーボンファイバーを使ったり、JR高輪ゲートウェイ駅の屋根に膜を使ったり、さまざまな材料の活用に挑戦されています。スーパーシティで使用したい材料はありますか?
 「柔らかい材料を使っていきたい。コンクリートや鉄、ガラスのような固い材料に代わる、膜やカーボンファイバー、メッシュ、紙など。柔らかい材料とグリーンが一体となった、“柔らかいスーパーシティ”をつくっていければと考えている。それは、グリーンフィールド型(新規開発型)、ブラウンフィールド型(既存都市開発型)のどちらでもチャレンジできると思っている」

–ブラウンフィールド型は、グリーンフィールド型と比べて建設業ができることの幅が狭いように感じますが、どのようなことができるのでしょうか?
 「ブラウンフィールドの中こそ、建築が頑張らなければならないと考えている。ブラウンフィールド型スーパーシティは、固かったり重たかったりする材料でできた都市的環境を再定義する場になる。それはこれから世界中の都市で必ず必要とされることで、とてもやりがいがある」

–ブラウンフィールド型は建築的な面でもさまざまな可能性があるということですね
 「都市というものはある種失敗の連続のようなものだと思う。失敗の連続の後に出来上がったのが、ブラウンフィールドとも言える。グリーンフィールド型には白紙の中からつくり上げていくという新鮮さがあるが、ブラウンフィールド型のスーパーシティでは、歴史や時間の積み重ねを受け入れながら、新しい技術やデザインの力でそこに命を吹き込んでいけるという面白さがある」

–区域指定に向けた公募には、地方の自治体が多数応募していますが、スーパーシティが普及していった先には、都会と地方のあり方が変わっていく可能性もありますか?
 「大きく変わってくる。いまの都会と地方はヒエラルキーの関係にあり、都会が進んでいて、地方は非効率な世界だと思われている。それがまったく逆転する可能性を、スーパーシティは持っている」

–アーキテクトの役割について教えてください
 「スーパーシティは、アーキテクト自身の哲学が問われると思っている。建物と社会をどのように見ているかが問われているとも言い換えられる。1960年代、70年代、建築家はみんな同じような未来都市を描いた。しかしそうではなく、未来のスペクトルの中の広さを僕ら建築家が出していけたら良いと思う。現在というものにバリエーションがある以上に、未来にはもっと広いバリエーションがあって良い。今後、アーキテクトそれぞれの哲学によって、各地にさまざまなスーパーシティが生まれていくだろう。僕自身は、技術やデザインを超えたメタレベル(一段高いレベル)の世界観にどこまでたてるか、その世界観をどう具体化できるかを意識しながら取り組んでいる」

くま・けんご 1954年生まれ。90年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。国内外で多数のプロジェクトが進行中。国立競技場の設計にも携わった。主な著書に『点・線・面』(岩波書店)、『ひとの住処』(新潮新書)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』『小さな建築』(岩波新書)、ほか多数

◆スーパーシティとは

【手法は「新規開発型」「既存都市開発型」の2種類】
 スーパーシティは、AI(人工知能)やビッグデータなどの最先端技術を実装することで、移動や物流、医療、教育、環境、防災、支払い、行政手続きなど暮らしに関するさまざまな分野を便利にする未来都市だ。エネルギーや交通関連技術の導入が中心となっているスマートシティに、より生活に密接な分野が付加されたまちとも言える。

 最大の特長は、スーパーシティを実現する上で必要な規制の特例措置を、各府省が一体となって検討し、同時・一括で実現できることだ。

 これにより、従来のまちでは規制に阻まれてできなかった分野横断的な取り組みが可能となる。区域指定を受けた各自治体が、いかに大胆な特例措置の提案をできるかが、新たなまちのあり方をつくり上げる上で重要となってくる。

 スーパーシティの開発手法には2種類ある。1つが都市の一部区域や工場跡地などでゼロから新たなまちを開発する「グリーンフィールド型」(新規開発型)。もう1つが既存のまちで住民の合意を形成しながら必要な都市開発やインフラ整備を進める「ブラウンフィールド型」(既存都市開発型)だ。

 ともに、先端技術を活用した分野横断的な取り組みを実現するためには、複数の先端的サービス間でデータを連携させる「データ連携基盤」の構築が不可欠となる。

 同基盤は、スーパーシティで提供するサービスのデータを収集・整理する役割を持つ。基盤がデータを一元管理することはないが、個人情報を扱うことになるため、データの取り扱いには細心の注意が必要となる。

 このため、日々データの連携・共有が必要なサービスは基本的に、各サービス事業者があらかじめ住民からデータ提供に関する同意を得ることを前提とした「オプトイン形式」を採用する。

 住民からの同意を得るためには、「ここに住めば便利に暮らせる」「住みたい」と思ってもらえるまちづくりが求められる。

 スーパーシティを実現するためには、「アーキテクト」と呼ばれる統括責任者を置く必要がある。都市の設計や運営全般を統括するアーキテクトを中心に、産官学民が協力しながら1つのスーパーシティをつくり上げていく。

 従来から、異業種・異分野が結集して新たな価値を生み出すオープンイノベーションの取り組みは各地で進んでいるが、それ以上に分野横断的な取り組みになる。

 いかに連携し、魅力的なまちを生み出していけるかが、市民同意を得ることにもつながる。



建設通信新聞電子版購読をご希望の方はこちら