【特集・横浜支局暑中企画】都市デザイナー・都市プランナーの国吉直行横浜市立大学客員教授に聞く | 建設通信新聞Digital

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【特集・横浜支局暑中企画】都市デザイナー・都市プランナーの国吉直行横浜市立大学客員教授に聞く


2020年度、国土交通省がまちなかウォーカブル推進事業を創設して以来、全国各地で「居心地が良く歩きたくなるまち」の創出に向けた検討が進む。“ウォーカブル”の到達点とは–。「歩いて楽しいまち」の筆頭とも言える横浜の都市デザインをつくりあげてきた横浜市立大学客員教授で都市デザイナー・都市プランナーの国吉直行氏へのインタビューを通して、その在り方を探る。



国吉 直行 (くによし・なおゆき) 1945年生まれ。都市デザイナー・都市プランナー。横浜市立大学客員教授。横浜都市デザイン50周年事業実行委員会会長。横浜市都市美対策審議会委員、横須賀市景観審議会委員、富山市政策参与(都市デザイン)などを務めている。69年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。71年、同校大学院修士課程修了。71年―2011年、横浜市入庁以来40年間、横浜市の都市デザイン行政を担当。都市整備局都市デザイン室長、上席調査役エグゼクティブアーバンデザイナーを歴任した。受賞歴に、建築学会賞業績賞、土木学会デザイン賞特別賞、グッドデザイン賞金賞、神奈川イメージアップ大賞、稲門建築会功労賞など。主な著書に『都市デザインと空間演出』(編著、学陽書房)、『都市デザイン横浜』(共著、鹿島出版会)




【歩行空間に発見、出会いをつくる/行政のプロデュース部隊必要/既存のまちに新たな価値】

 「歩行空間に面したところに何があるのか、それを見せることで初めてウォーカブルになる」。横浜市立大学客員教授で都市デザイナー・都市プランナーの国吉直行氏は、歩行ルートの整備に加え、周囲に多様な発見や出会いをつくることの重要性を強調する。40年間、横浜市の都市デザイン行政を担当し、歩いて楽しいまちづくりに取り組んできた国吉氏に、“ウォーカブル”を目指す上で重要となる視点を聞いた。

–ウォーカブルなまちづくりを実現するために必要なことはありますか

 「都市デザインには、大きな都市デザインと小さな都市デザインの2種類があります。大きな都市デザインというのはまちの骨格。小さな都市デザインはまちの部分的な姿や形で、現在言われているウォーカブルというのは、既存のまちの中にある公共空間の活用など、小さな都市デザインに属します」
 「ウォーカブルなまちづくりとは、車の利便性向上を軸に構築されてきた現在の各都市において、既存のまちの街区構成や道路骨格などを大きく変えることなく、いまある骨格を生かしながら、公共空間の活用という視点で都市に新たな潤いや活力を与えようとする活動。小さな都市デザインから都市の価値を高めようとする運動だと思います」

–各地の取り組みをどのように見ていますか

 「いま各地で検討が進んでいるウォーカブルなまちづくりは、歩行空間とくつろげる場所、広場的空間を都市の中にどのようにつくっていくかということを考えています」
 「そのためには公共空間の再配置と利用計画が必要で、可能な場所はインフラとしての道路空間を拡大することが求められます。いまあるインフラの中で、車道を閉じて一時的に広場にしたり時間制で使い分けたりするというのも一つの策ですが、それだけでは根本的な解決にはなりません」
 「常時、広場として利用できる空間を確保することや、歩道沿いの建物の1階部分を常時開放してもらうなど、誰もが自由に使える空間が必要です。例えば富山市には、既存の市道を集約してつくったグランドプラザという屋根付き広場があります。韓国のソウル市は2017年、ソウル駅の東西をつなぐ自動車専用高架道路を歩行者専用道路に転換し、『ソウル路7017』として供用を始めました」
 「また、国内各地ではウォーカブルの要素を取り入れた魅力ある再開発プロジェクトが続々と誕生しています。こうした流れの定着にも期待がかかります」

–歩いて楽しいまちをつくるには何が必要だと思いますか

 「インターネットで買い物ができる現在、人は外出しなくても済みます。しかしそうなると、まちの価値はどんどん失われていく。だからこそ、これからのまちの価値というのは、『まちに出ていろいろな発見をするのが楽しい』というところから見いだされていくはずです。そのためには、まちを回遊できるようにすることが大事」
 「『若いアーティストや面白い活動をしている人がたくさんいるから刺激になる』『ジャズの音が聞こえてくる』など歩行者ルートの周りに多様な発見や出会いをつくっていく必要があります。歩行空間だけをつくっていても価値は生まれません。歩行空間に面したところに何があるのか、それを見せることで初めてウォーカブルになります。ベンチなど小道具のデザインだけに終わらないことが大切です」

–そのほかウォーカブルなまちづくりのために取り組むべきことはありますか

 「交通手段の政策も行うべきです。ウォーカブルなまちづくりのためには車をブロックすれば良いという考え方ではなく、特定の地区の外側に車をいったん止め、大規模な公共駐車場に入れてもらう。そしてそこから先はグリーンスローモビリティを使ってもらう。歩車共存で、歩行者の通るところもスロースピードの小型電気自動車なら走れるようにするなど、グリーンスローモビリティ施策をセットでやっていくのが良いと思います」
 「各地でウォーカブルの実験をしていますが、その取り組みを苦々しく思っている人も少なくありません。車の寄り付きが難しくなるじゃないかと。そうしたことに対する対策も考えなければ長続きしません。『我慢してでもウォーカブルを取ろう』と思ってもらえるような仕掛けづくりをしていく必要があります」
 「良い計画だからと押しつけてはダメ。どこまでだったら許せるかをしっかり議論して、車利用者をフォローしていかなければ社会に定着しません」

–課題はありますか

 「元々、建築物の容積率規制などによって公共インフラへの負荷を制御しようとしてきました。現在、容積率や高さ緩和をどんどんやっていますが、インフラに対する負荷は増えていくばかり。公共空間というのは車だけの施設ではなく、都市の中にいる人が過ごし楽しめる空間でもあるべきです。過度な容積率の建物を際限なくつくっていくと、公共空間はゆっくり楽しむ空間ではなく、動くだけの単なる動線でしかなくなってしまいます。都市を楽しむ空間にはなっていきません」
 
–行政に求められることはありますか

 「行政に、まちを総合的に演出・プロデュースする活動部隊を設けることが重要だと思います。私が横浜市の都市デザイン活動を始めた際、市の道路や公園部局と協働し、JR関内駅前の旧市庁舎に沿って歩行者専用道路の『くすのき広場』をつくりました」
 「そのとき、周囲にたち並ぶ建物の所有者に、外壁の色彩を変更していただきたいとお願いしました。単に広場だけをつくって終わりではなく、周りの建物と色彩をそろえ、ヨーロッパのまち並みのようなことを、実験的にやってみようと考えたためです」
 「しかし当時は景観条例がなかったため、ビルの管理会社に個人名で手紙を書きました。建物の外壁補修工事をするときは、くすのき広場に合わせて色彩をできるだけ茶色系にしていただきたいと」
 「すると19年後、手紙を送ったビル管理会社から私宛に『外壁補修を計画しているが、色はどうすれば良いか』と電話がかかってきました。私は異動していなかったし、電話番号も当時と同じだったため、『待ってました!』と色彩変更の協力を求めました」
 「都市づくりはそういうものです。景観条例などが整っていないときでも、いろいろな方法で協力を求めてみるものです。手間暇がかかる。しかし、その積み重ねがまちの底力を上げていくことにつながります。そのような意味でも、行政に幅広く継続してまちをつくっていくプロデュース部隊がいるというのは重要なことだと思います」

–横浜の都市デザインについて教えてください

 「1968年から横浜市は、田村明という都市プランナーを中心に、骨格的な都市のデザインに取り組み始めました。当時、自治体行政が国の制度を超えて土地利用や緑の保全をコントロールしながらまちづくりを進めるというのは挑戦的なことでした」
 「どうしてこのようなことをやったのかというと、経済的な繁栄だけを追いかけるのではなく、横浜というまちの個性を伸ばしていくことが都市としての成長につながると考えたためです」
 「横浜に行けば東京とは別のことができると思わせる魅力をつくっておけば、将来的に企業や人に来てもらえる。そのために都市デザインを大事にしました。その中で、『歩行者空間の整備』を最も重視しました。歩いて楽しいまちをつくるため、横浜の最大の魅力である港と緑を活用し、都心部を有機的に結び付ける緑の軸線構想を掲げました」
 「私たちが都市デザインを始めたころは、都市型観光というものは存在しませんでした。観光と言えば熱海の温泉地に行く。若い女性が二人で遊びに来て、まちを散策して楽しむという観光はありませんでした」
 「横浜の都市デザインのスタート時の狙いは、骨格を大幅に変えられない細街路も多い既存のまち、関内地区周辺を、その現代的でない欠点のあるまちをむしろ逆に売り物にし、まちを探索して楽しめるように小さな改造を積み重ねる活動でした。いまでいう公共空間を軸とした地区のリノベーション活動です。世界的にも欧米都市で歩行空間の整備プロジェクトが目立ち始めていた時期でした」
 「横浜の都市デザインは、既存のまちに新たな価値を生んできたと言えます。最近の来街者調査では、横浜に来る理由について『まち並みや景観を楽しむため』という声が数多く集まっています。都市デザインが人を呼び込むことにつながっています。もちろんそれは、積み重ねていくことが重要です」
 「近年では、関内さくら通りやみなと大通り、日本大通りなどで社会実験を重ねていますが、今後は、これまで形づくって来た都心部市街地や都心臨海部のプロムナード空間をさらに拡大、成熟させ、横浜港内港部全体を回遊できるウォーカブルなまちにしていきたいです。これには、水上交通や地区内スローモビリティーの複合も大切です。そして、郊外住宅地の活力再生にもこのような取り組みが重要となっていきます」



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