失敗から磨いたビート
「くれぐれも肉眼では直視しないでください。本当に目が焼けますので」。柔らかな口調で注意を促し、保護面をかぶる。防火用の前掛けと手袋を付け、溶接機を構える。「ではいきます」。呼び掛けの直後、バチバチと電流が弾けた。青白い光が走り、火花が散る。煙とともに、鉄が焼ける独特の臭いが広がった。作業を終えると、「こんな感じです」。保護面を上げると、穏やかな笑顔がのぞいた。
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山形県出身、26歳。どちらかと言えば、座学よりも体を動かすことが好きだった。明るく活発な少年は、「高校を出たら働く」と決め、実務に近い工業高校へ進んだ。
溶接との出会いは、ある日の実習。初めて金属同士をつなげた時のことだった。
教官に言われるがまま、保護面をかぶり、手を動かす。緊張はあったが、手応えも感じた。うまくできたかもしれない。そう思って保護面を上げて、思わず声が出た。「なんじゃこりゃ」
まっすぐに引いたはずのビート(溶接の線)は、見るからにゆがんでいた。「とにかく難しかった」。思いどおりにはならない。その奥深さに、むしろ引き込まれた。
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あれから約10年。現在は油圧ショベルの骨格となるセンターフレームの溶接を担当し、19人の班長として現場をまとめる。
入社当初は葛藤もあった。扱うのは1台数千万円のプロ向け建機。「自分が触っていいのか」と、怖さが先に立った。そんな時、上長の田鎖佑一さんに声をかけられた。「やらなきゃ覚えない。失敗していい。直してやる」
その言葉で、覚悟を決めた。
「毎回失敗し、何度も直してもらった。そのうち、だんだん自分でも直せるようになり、毎日がその繰り返しだった」
努力は徐々に形になる。昨年度は県の溶接競技大会で優勝し、全国大会にも出場した。
「どうすれば左右対称になるか、前工程の溶接にどうやってきれいにつなげるか。正解はない。でも、道具の使い方次第で、どんなビートでも引ける」
今年の目標は「全国大会優勝」。その言葉には、自らの手が生み出す仕事への誇りがにじむ。一本のビートに刻んだ時間が、現場を支えている。
