連載・建築設計事務所変革の萌芽(7) | 建設通信新聞Digital

10月29日 水曜日

インタビュー

連載・建築設計事務所変革の萌芽(7)

【AI時代の鍵は「現実の体験」/まちの課題改善へ糸口/日建設計 大松敦(おおまつ・あつし)社長】
 「産業革命に匹敵する大変革が、今後5年、10年の間に起きるかもしれない」。AI(人工知能)をはじめとするデジタル技術の急速な進化を念頭に、日建設計の大松敦社長はそう見通す。設計業界においてもその変革の兆しは既に見えており、例えば同社が設計に参画した2025年大阪・関西万博の『静けさの森』は、1500本に及ぶ樹木を「AIに近いコンピューターシミュレーション」により配置した。AI時代における人間の役割とは何か--。鍵を握るのが「現実の体験」だ。
 高度経済成長期から現在に至るまでの建築のつくられ方を見ると、急速な経済成長でスピードが重視された1990年ごろまでを「個別性が強い時代」、バブルがはじけ、停滞経済へと移行した90年代を「共同で物事を進め、リスクヘッジする時代」、2000年代初頭を「プロジェクトや土地、建物の価値を評価する時代」、そして現在は、90年代以降のつくられ方が発展し、協働により、建物のみならずエリア全体も豊かになることを目指す「1+1=3以上の魅力や価値が生まれる時代」へと変遷してきたという。
 魅力が重層化した現代建築に大切な視点が、「現実の体験」だ。デジタル世界の魅力が増している現在はこれまで以上に「現実世界の良さを体感してもらえる建築や空間をつくっていかなければならない」。
 そうした場をつくるためにはハードだけでなく、「体験をどのようにデザインできるか」が重要だとし、「運営面などの仕組み」とハードが組み合わさって初めて、「現実世界でしか得られない体験、魅力が生まれる」と強調する。
 例えば公共施設を見ると、民間のアイデアやノウハウを取り入れることで、「ハードが同じだとしても全く異なる体験を提供できる」と実感している。それほど「体験のデザイン」が重要な役割を果たしていると言える。
 体験をデザインするためには、設計者自身が「現実の体験」をいかに積み重ねてきたかが問われる。「現実の世界をきちんと体験し、楽しむ。それで終わりではなく、新聞やニュースで取り上げられるような、時として当事者意識を持ちにくい話題と結び付けて考えることが大切だ。それができれば、都心部、地方を問わず、まちの課題を改善する糸口が見えてくる」と語る。
 この「リアルを体験し、知る」ことは、同社が23年に開設した共創の場『PYNT(ピント)』でも実践しており、この場では地方や異なる職業の人との交流が活発だ。最近では、社会環境共創プログラム「FUTURE LENS」を立ち上げ、スナックを新たなサードプレースと位置付けて活動を展開する社会起業家らを伴走支援して共創するなど、従来の設計領域を飛び越えた取り組みを推進している。
 AIが「造形だけでなく、構造的な合理性を含めて総合的に考えられるようになる」未来はそう遠くないからこそ、人間にしかできない体験の価値は今後ますます高まる。そして、その体験を「AIに盛り込んでいくことで人間の体験とAI技術が融合し、これまでになかった建築や都市を通じて豊かな社会が生まれていくはずだ」とAI時代を見据える。
【業績メモ】
 第83期(25年1月-12月)の売上・受注高目標は順調に達成する見通しだ。4月1日に日建ハウジングシステムを吸収合併して以来、「相乗効果が出ている。住宅設計のプロフェッショナルといつでも相談できる環境になり、住宅用途を担当したことのない若手にもプラスに作用している」と語る。