連載・建築設計事務所変革の萌芽(11) | 建設通信新聞Digital

11月12日 水曜日

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連載・建築設計事務所変革の萌芽(11)

【新しい価値生む環境づくり/手差し伸べる仕掛けを建築に/安井建築設計事務所 佐野(さの・よしひこ)吉彦社長】
 安井建築設計事務所の佐野吉彦社長は、社会の価値観が多様化する中で、「良い建築」をつくり続けるためには「クライアントから与えられた条件だけでなく、建築を成り立たせる目標や見えない条件をわれわれが示していく必要がある」と語る。そのためには、外部専門家や地域特有の知見を取り込みながら、新しい価値を生み出す体制をいかにつくっていくかが大切だという。
 昨今は建築生産の形式がパターン化し、「意匠・構造などの役割分担が固定化しつつある」。明確な役割分担の下で仕事は進むが、「それではあまり良い建築はつくれないのではないか」と疑問を呈する。「完成後の良い使われ方まで意図しようとすると設計事務所単体では対応しきれない側面もある」と考えるからこそ、社員にも組織や企業の垣根を越えた交流を後押ししている。
 同社が事業者グループに参画しているBIG-TREE(山形市民会館整備事業)では、設計者や施工者、運営管理者などがコンソーシアムを組成し、建設プロセス一体で建築の将来の在り方を考えている。その中では、「設計初期段階から維持管理を担う企業も意見を出し、設計者も完成後の維持管理や運営を考える」など、竣工の先を見据えた長期的な視野での建築づくりが進む。
 近年では、駅や庁舎、図書館などの公共施設が再編の過程で複合化し、地域コミュニティーの中心として再デザインされる傾向が強い。既存のランドマーク的な建物を再生し、観光や交流の拠点として生かす動きも広がっている。
 人口減少が進行する地方では、関係人口の確保や雇用創出など、建築が都市再生の課題解決を期待される局面も増えており、「人が集まり、活動が生まれる仕組みを建築が支えられるかどうかが問われている」と力を込める。
 重要視するのは、地域特性の把握と市民の活動を踏まえた設計だ。住民の暮らしや関心、交流などリアルな情報を集め、「元々あったコミュニティーに手を差し伸べるような仕掛けを建築に取り込むことで、完成後も生き続ける空間が実現できる」という。
 一方で、開発需要が依然として大きい都心部では、「東京を中心に環境対応投資が活発化している」と語る。「いまは利益よりも企業価値をどう高めるかが重視される時代だ」と指摘し、脱炭素や働き方改革を目指したオフィス環境の改善に取り組む企業が今後も増加すると見通す。
 2024年にオープンした同社の新東京事務所「美土代クリエイティブ特区」は、創造的な環境をオフィス内につくり出し、地域に企業を開く実践の場として、さまざまな使い方を試みている。ここでの社内外のコミュニケーションから生まれた新しい知見を再び建築に還元する。働く場所づくりだけではなく、地域社会循環の仕組みまで描ききるための構想力を磨いている。
【業績メモ】
 カーボンニュートラルへの対応を念頭に「地域や企業の価値を高めるため、建築主は投資を惜しまない傾向にある」と話し、受注環境は良好な状況にあるとみている。施設の維持管理へのBIM活用や、CM(コンストラクション・マネジメント)分野の事業なども拡大中で、設計だけではなく「トータルに建築と関わっていく」構えだ。