【中小の「ゆでガエル」危機/不安の正体「額」に隠れた「量」】
寓話(ぐうわ)『ゆでガエル』は、最初から熱湯ならカエルもすぐに気づいて逃げ出せるが、ぬるま湯から徐々に温度が上がると気づくのが手遅れになるという話で、ゆっくり進行する変化や危機対応の重要性を伝える教訓だ。いま、大手・中堅建設企業ほどの高い利益率は確保できないが、黒字決算の中小企業も少なくない。市場環境を示す名目建設投資額は右肩上がり、発注者・注文者の設計変更含めコスト転嫁の理解も劇的に進む。にもかかわらず中小企業の元請けと1次下請けの経営者は経験したことのない不安感に悩まされている。その正体は何か。
7月下旬に1次下請けの鉄筋工事業で構成する東京都鉄筋業協同組合(東鉄協、新妻尚祐理事長)が開いた定例会。塗木賢治副理事長は実現が難しいことを承知の上であえてこう投げ掛けた。「調査でこれだけ多く(の技能工が)休んでいるのに、外国人材の受け入れを抑制しないのか」
調査とは2カ月ごとに、協同組合内の応援と自社の稼働状況を示したものだ。調査時点の、▽作業に必要な総数▽応援を受けた人数▽応援が欲しくても手配できなかった「不足数」▽休ませた「過剰数」--それぞれの数を定例会で公表している。
東鉄協の調査で浮き彫りとなったのは、鉄筋工事の受注量・仕事量が少ない、いわゆる「閑散期の長期化」だ。具体的には、鉄筋工総数5000人超に対し、今年1月調査で「過剰」回答は418人。実に1割近くの職人の仕事がなかった。「過剰」数は3月、5月調査でも200人超、7月も105人と本来、繁忙期であるはずの時期でも余剰の状況が続いた。
こうした状況下での副理事長の「外国人材抑制」発言だった。発言の背景には特定技能と直接連動しない「技能実習」が増えている点にある。一定期間で帰国することを前提とした制度のため、技能承継を想定していないからだ。東鉄協の技能工供給力5000人超のうち、技能実習生を中心に外国人材が4割を占める。その多くは2次下請けに所属。しかし1次が技能継承を前提に育てる技能者を雇うよう別会社の経営に口を挟むことは難しい。
では、そもそも「経営環境が好転しているのは、規模の大きな企業と設備企業だけ。中小規模の元請けや専門工事業の経営は厳しい」との主張を裏付ける根拠はあるのか。
手がかりは二つ。一つは建築工事市場の“現在地”を示す「建築着工統計」だ。2025年度の全建築物着工床面積は、リーマン・ショックの影響により過去30年で最低水準となった09年度の1億1320万㎡をさらに下回る9271万㎡にとどまった。9年連続の減少の中で1億㎡の大台をも割り込んだ。
大型再開発や倉庫など注目を集める民間非居住建築物も着工床面積は振るわない。25年度は事務所、店舗、工場・倉庫の減少で前年度比11.3%減と4年連続の減少となった。そもそも民間建築主の非居住着工床面積は、14年度からの12年間で前年度比でプラスとなったのは16、17、21年度の3度だけだ。他の統計で受注高や受注残高、請負額などが順調に増加しているのは、コスト転嫁が進んだ結果と言える。建築市場の施工量を示す着工床面積は縮小の一途をたどっている。
もう一つの手がかりは、国土交通省が公表している「建設工事施工統計調査」と、「建設資材・労働力調査」の「金額原単位(土木)」「面積原単位(建築)」。施工統計と二つの原単位調査を重ね合わせて見ると、中小企業の経営苦境が浮き彫りになる。
25年度の施工統計では、元請け完成工事高、受注高、完成工事原価いずれも前年度比で増加。コスト転嫁が進み目先と中期的市場展望も悪くないことを示している。しかし全体風景は良く見えても細かく見ると、格差が鮮明だ。業種別完工高のうち総合工事業は2.5%減。その内訳を見ると「一般土木建築工事業」は25.2%増の2桁増に対し、「土木工事業」は57.0%減、「造園工事業」は64.1%減、「水道施設工事業」も61.9%減とそれぞれ半減以上の落ち込みとなった。
一方、原単位調査では、請負工事費100万円当たりの資材・労働力投入量を示す「金額原単位」は、瀝青材を除く全ての資材と就業者が2桁減。これに対し、延べ床面積10㎡当たりの資材・労働力投入量を示す「面積原単位」の数値は前回調査からほぼ変わっていない。
金額原単位減少の理由として考えられるのは、▽生産性の向上▽投入量の単価上昇--の二つだ。もう一方の面積原単位の数値が前回調査比較でほぼ変わっていないことを踏まえると、金額原単位減少は生産性向上ではなく、単価上昇が主な理由と考えられる。
経営者にとって不安の正体は、右肩上がりの名目値に隠れた「右肩下がりの実質仕事量」だ。だからこそ、技能継承を見込まない技能実習生が増えている。
そしてもう一つ土木工事を手掛ける中小元請け経営者にとって無視できない事態が進行している。水の官民連携といわれる「ウオーターPPP」だ。原則10年の管理・更新一体マネジメント方式の導入検討が「国費支援の要件」となったことで、地元建設業界は慌てた。コンセッション(運営権付与)一歩手前の新たな枠組みは、枠組みに参加できなければ10年間仕事ができない可能性もあり、その結果、入札参加資格も消滅しかねない。実質仕事量の減に加えて、そうした事態になればさらに先行きが見通せなくなる。そうした不安が将来の担い手確保をちゅうちょさせている。
