KUMA&ELSAの隈翔平氏とエルサ・エスコベド氏は、多くの人が興味を持たない事柄でさえも面白がり、楽しむ姿勢を忘れない。その姿勢を持って設計に臨むことが、建築の新たな一面を引き出すことにつながると信じているからだ。トイレ6(One Water)は、地球環境とジェンダー問題という重いテーマを内包しながらも、楽しむ姿勢が根幹にあるからこそ、ワクワク感のある建築に仕上がっている。
「トイレで応募する」。設計者選定に係る公募型プロポーザル参加に当たり、エスコベド氏の気持ちは定まっていた。休憩所やサテライトスタジオ、ポップアップステージなど、さまざまな選択肢がある中、これまでスポットライトを浴びてこなかったトイレに挑戦したのは、「光が当たっていない用途にこそ、喜びを見いだす面白さがある」と考えたためだ。
一方、このとき隈氏は「固定観念でトイレはやりたくなかった」という。しかし考えを巡らせていくうちに、地球温暖化を社会の最重要課題と捉える隈氏にとって「水を使うトイレ」は、建築と地球環境を結び付けて持続可能性を追求する良い機会だった。「来場者にとってなくてはならない機能」である点もトイレを選択する後押しとなった。
いざトイレを設計するに当たり、「ただのトイレとして設計しない」(エスコベド氏)ことはこだわりだった。トイレが持つネガティブな固定観念をそのまま受け入れるのではなく、解釈し直し、トイレに求められている機能以外の新たな価値が感じられる、楽しい空間にしたいと考えたためだ。
そうした空間に地球環境とジェンダーの視点を溶け合わせるためには何をすべきか–。浮かび上がってきたのが、階段状屋根を持った建築だった。テーマは「水の循環」で、屋根の上方から下方の水庭へと雨水が流れ、浄化された水はトイレの排水などに再利用する。屋根に敷かれた石が雨水を吸って蒸発することで、建物の熱を奪い、冷却する効果も持つ。
対象敷地の前には『静けさの森』が計画されていたため、「水が流れ、たまり、その先に水で生かされる森がある。屋根の上から俯瞰(ふかん)的に、森が見える関係性をつくりたい。水で生かされている森、命という関係性を感じてもらいたかった」(隈氏)からこそ、座って休憩できる階段状屋根のトイレが生まれたのだった。屋根に設置された青色パラソルを見ていると、海辺や河原にいるような高揚感に包まれるのも面白い。
さらに、水がなければ育たない木が構造に使われている点が見逃せない。「素材の持つ印象や香りの力で、従来のトイレのイメージとは異なる空間に仕上がった」と隈氏。半年という会期だからこそ、この木材は再利用しやすいようになっている。「木材に穴を開けると再利用しづらくなるということを専門家から聞き、木のブロックで押縁のように固定するアイデアを思いついた」と隈氏は解説する。このアイデアは結果として、壁と天井の印象的なドットのパターンを生むことにつながった。
ジェンダーの視点にもこだわりが詰まっている。オールジェンダートイレとするに当たり、「どのようにしたら自然と受け入れてもらえるか、非常に苦労した」と隈氏。万博が開幕してから、『安心して利用できた』という女性からの声が少なくなかったのは、「サイン」の力がある。「このトイレはほとんどの人が初めて使う」(エスコベド氏)からこそ、曖昧なサインではなく、一目で「オールジェンダートイレ」「一方通行」「男性用小便器スペース」などが分かるようにした。さらにエスコベド氏は、協会による頻繁なトイレ清掃にも、今回のオールジェンダートイレが成功した理由があるのではないかと分析する。
今回のトイレのように、建築には現実的に解決しなければならない課題が数多く存在する。それを解決したかどうかは、「利用者が精神的な豊かさや喜びを感じたかどうかにかかっている」と隈氏は断言。設計者自身がワクワクしながら設計した記憶は施設にこもり、利用者に伝わっていくのだ。