長く使われるインフラ残す

三陸沿岸道路「普代道路」にある普代大橋(鋼10径間連続鋼コンクリート複合ラーメン橋、橋長490m、東北地方整備局・建設技術提案〈3D賞〉受賞「軟弱地盤上の耐震性と維持管理性に優れた支承レスの鋼鈑桁とRC橋脚の複合ラーメン構造」)
発災直後から、私は橋梁の被災調査のため、宮城県内を走り回りました。ガソリンの確保も難しく、移動すら容易ではありませんでした。調査を進める中で、地震動による被害は限定的である一方、津波被害の甚大さを痛感しました。これまでの地震被害を教訓として、設計基準が改訂されてきた結果、地震動に対する被害が抑えられたのだと、技術の積み重ねの重要性を実感しました。
その後、私は復興のリーディング事業である三陸沿岸道路の橋梁設計に携わりました。三陸沿岸道路は全長359㎞のうち、新規事業が148㎞(全長の41%)を占める、東北地方最大級のミッシングリンク解消事業です。これはゼロからの計画・設計が多数求められる事業であることを意味していました。この巨大な事業を10年という短期間で完成させるため、前例のないスピードと実行力が求められました。
私が担当した橋梁設計は、体感として通常の5倍以上の業務量をハイスピードで行うことが必要で、これまで経験したことのない大きなプレッシャーがありました。一方で、復興を支える使命感も強く、心身ともに張り詰めた日々が続きました。
事業開始時は、道路ルートが未確定、用地が未取得であったり、また測量や地質調査が同時並行で進められたり、さらには工事が先行着手し、設計を待つケースが発生するなど、事業の進捗(しんちょく)は混然としていました。本来は設計条件を決めてから設計を進めますが、時短のため仮定条件で設計を進め、納品間近で決まった設計条件で再度設計を行い、手戻りを覚悟の上で業務に当たりました。
さらに、毎日複数の業務を掛け持ちして設計を行うため、試行錯誤の連続となり、判断のスピードとその重要性を痛感しました。設計の完了後も、施工中の技術対応や工事終了後の会計検査対応が続き、橋梁設計の完成後も忙しさは途切れませんでした。その結果、復興事業の期間中は毎日が繁忙期のような状態だったと感じています。
こうした中で私が大切にしてきたのは、将来再び同規模の地震が発生しても耐えうる構造で、かつ維持管理の負担を可能な限り軽減することであり、新技術新工法を積極的に活用して両立することでした(設計事例・普代大橋)。
復興は完成して終わりではなく、地域とともに長く使われ続けるインフラを残すことが重要であると考えています。震災から15年が経過した今、当時の経験は私の技術者としての原点であり続けています。被災地で学んだ教訓を次の世代につなぎ、より強靱で持続可能な社会インフラの構築に貢献していくことが、建設コンサルタントとして、これからの私の責務であると考えています。
*『建設論評』は2面に掲載しています。
