2月中旬の沖縄は、厳寒の東京とは違い光あふれる南国であった。飛行機から見る那覇空港沖の海は、美しく穏やかな姿を見せてくれた。一歩外に出るとさすがに少々肌寒い。上着を羽織りながら到着ロビーに向かうと、川田琢哉社長を始めとする川田建設の皆さんに出迎えていただいた。今回の『ぐるり現場探訪』では、西日本高速道路の沖縄自動車道に架かる橋梁床版取替工事を行っている川田建設の現場を訪問する
沖縄自動車道のうち、石川~許田IC間は、沖縄海洋博覧会の関連事業として1975年に開通した。この区間のコンクリート構造物は、建設当時に海砂が細骨材として使用されため、開通後42年を経過した現在では内在塩分による塩害の損傷が顕著になってきたようだ。これまではこのような劣化に対して部分補修で対応してきたが、短期間で再劣化する場合もあることから、この現場では抜本的な補修方法として、床版の取替工事を行っている。本格的な維持管理補修時代を迎え、おそらくトラス橋の床版取り替えは全国でも初のケースであろう。
床版の取り替えは、RC床版をプレキャストPC床版に取り替えるものだ。PC床版の橋軸方向の接合部には一般的にループ継手が使われるが、この継手は床版厚が大きくなり重量が増加するため、鋼桁や下部構造へ影響が出る。そこで本工事では接合部に川田建設が特許を持つ「KK合理化継手」を使用することで床版厚を薄くして重量を軽減させ、下部構造などへの影響を最小限に抑えることに成功したそうだ。
長年PC橋梁やプレキャスト製品の開発に携わってきた同社だからこそ生まれた合理的な技術といえよう。現状に満足せず、常に現場感覚で高品質な製品を作り続けたいという技術者魂を感じた。
■安全第一の企業姿勢
今回の訪問は川田社長との「安全」に関する議論がきっかけだった。最近の建設業界においては生産性向上や新規入職者問題が話題に上ることが多いが、川田社長は日ごろから現場の安全第一をモットーにしているとのこと。筆者の持論と一致し、現場を訪ねることになった次第である。
残念なことに、運動不足体型そのものの筆者にとって、橋面までの急斜面の階段を安全帯を装着して登るのは、正直なところ一苦労であった。
急な斜面を登るとまず目についたのが吊り足場だ。この「クイックデッキ」(日綜産業)と呼ばれる 軽量で高強度な吊り足場の最大の特徴は、通常の仮設足場と異なり、すき間がほとんどなく、高所作業の安全性が大幅に向上することである。また、特殊な技能や専用工具を必要としないため、熟練した職人でなくとも組み立てることが可能だ。そのため仮設の工期は飛躍的に短くなったという。
工期の短縮で労務費が抑えられる一方、まだ材料費が高いため、トータルでは通常の仮設足場よりも高コストとなってしまっている。しかし、それでも使うと川田社長は胸を張って言う。
「多くの現場で使われることでコストは下がっていく。こういった安全性の高い足場が業界全体に広がることを願っている」。そう語る経営者の表情からは、現場で働く人たちの安全を最優先する強い意志が感じられた。
足場からトラス部を見上げると、中央部に検査路が設置されていた。通常、トラス橋には中央のみに検査路が設置されるため、普段の点検では、検査路から離れた場所の目視点検には限界がある。また、ロープアクセスでの点検は危険を伴う上、コストも高いため頻繁に行うことができない。そこで、きめ細かい点検を実施できるよう、中央の検査路に加えて要所には横断方向の検査路も配置することを提案し、今後実施される予定だ。
施工中の工事現場の安全性だけでなく、完成後の維持管理における安全性や利便性にも配慮した提案内容からも、安全第一に対する同社の一貫した企業姿勢がうかがえる。
■新設工事にはない難しさ
現地で説明を担当されたのは、九州支店の臂(ひじ)公博事業推進部次長だ。ご苦労されている点は何かとの筆者の問いに、真っ先に挙げたのが「既設橋ならでは の苦労」だった。既設橋は、施工時に何かしらの都合で図面どおりに 造られていないことがある。あるいは図面どおりに造られたとしても、長年の間に変形が生じている場合もある。そこで、床版の取り替えを行う際には、起工測量時に3次元測量を行い、2次元の元図面と照らし合わせながら調整をしていく必要がある。
別のエリアでは、トラスの主桁部分から既設のRC床版を引き剥がした後に残る鋼材やコンクリートの除去作業が行われていた。目立たない作業ではあるが、非常に重要だ。鋼構造部分と取り替えた床版の接合面に凹凸が残ればそこが弱部になる可能性がある。次々と表面を仕上げていく技術者たちの手さばきは、まさに職人の技だった。
床版を架設した後は、間詰部分の鉄筋を組み立て、間詰コンクリートで床版同士を一体化させる。ここでも手作業が基本となるが、川田建設の独自技術であるKK合理化継手を採用することで、横軸方向の鉄筋配置が容易になり、施工性も大幅に向上しているそうだ。
次に臂氏が苦労する点として挙げたのは、「工期の厳しさ」だ。昨年から概ね2年間ですべての工程を終わらせなければならず、その中で床版取り替えの工期は道路利用者のことを考え、たったの3カ月余りと設定されている。そのため、この現場では昼夜2交代制で工事を進めている。
3つめは「厳しい現場条件」である。高速道路の橋の上で、片側2車線の通行を確保しつつ、その橋自体の床版を取り替えるため、極めて限られた範囲にしか施工ヤードが取れない。狭い中での施工ヤードの確保と交通の安全を両立させた交通制御の計画を立てる必要がある。観光旅行のハイシーズンを避けているとはいえ、沖縄の大動脈ともいえる沖縄自動車道は交通量も多い。本設の工程を速やかに進めるばかりではなく、できるだけ一般の道路利用者に負担を掛けないような配慮をされているのである。
最後に挙げられた苦労は「働く人の手配」だ。床版取り替え工事は約3カ月の短期集中工事であり、この時期だけに多様な技能を持った人材が必要になる。社内の体制では、九州支店をはじめ東京や東北の拠点からも技術者が多数参加しているという。まさにオール川田建設で取り組んでいる工事だ。
多様なのは社内ばかりではない。多くの工程で特殊技術に長けた技能者に携わってもらうため、専門業として地元沖縄のみならず、九州からも職人の方々が参画している。道路利用者や工事従事者の安全を担う警備員としても、数多くの人が携わっている。
これらの方々の多様な個性をまとめ上げるには、相当のご苦労があると思われるが、「仕事は楽しい」と断言する臂氏の顔には自信があふれている。その肩越しに、それぞれの仕事に没頭する職人さんたちの生きいきとした表情が見える。所属や出身や専門はさまざまでも、みんなで良いものを造ろうという気持ちは同じなのだろうと、頼もしく感じた。
今回訪れた現場では、既設構造物のリニューアルであるが故の難しさが多いことに驚かされた。新設工事にはないさまざまな課題を、みんなで知恵を出し合い、高度な技術と丁寧な仕事で一つひとつ解決していく真摯な姿勢には、頭が下がる気持ちになった。
技術経営士(技術同友会認定) 佐藤直良 (2018年2月13日取材)