槍ヶ岳や穂高岳、焼岳、乗鞍岳など多くの名山で構成される飛騨山脈(北アルプス)の麓に位置する岐阜県飛騨地方。急峻な山間を縫うように流れる神通川水系を含めた風光明美な景色は、観光スポットとして県内外から高い支持を集める。一方、日本の原風景と言える自然環境は“厳しさ”も持ち合わせ、地域住民が共存していく上で、土砂災害との戦いは切っても切り離せない。その礎である砂防事業にスポットを当て、飛騨の歴史をひもときながら、さらなる魅力の向上と発信につなげようとする取り組みが動き出している。
初年度は2コースを設定。Aコースは神岡鉱山が有名で、最先端の宇宙素粒子研究であるニュートリノの観測装置「スーパーカミオカンデ」が置かれている、飛騨市神岡町が中心。
見学先の1つは登録有形文化財の六郎谷砂防堰堤。大雨のたびに斜面が崩壊し、幾度となく集落が被害を受けたため、旧内務省が直轄事業として1920年に堰堤の整備に着手。城郭の石垣と同じ「空積み」で組み上げ、31年に全28基の堰堤が完成した。これにより土砂災害の危険性が大きく低下、町内の栄枯盛衰を象徴する神岡鉱山の増産にもつながった。堰堤への進入路は民有地のため普段は立入り禁止で、ツアー時のみ一時開放することから、貴重な機会となっている。
旧神岡鉄道の廃線を利用し、その上を特別仕様のマウンテンバイクで走る「ガッタンゴー(レールマウンテンバイク)」も対象。電車道を自転車で疾走する開放感と、そこから眺める風景が利用者から好評を得ている。昼食(会場・道の駅宙ドーム)は特別メニューの「砂防ダムカレー」でおもてなし。
2019年度はニュートリノ研究と素粒子の性質などを映像やゲームで体感できる、「ひだ宇宙科学館カミオカラボ」も新たなルートとして計画している。
Bコースは高山市の奥飛騨温泉郷。外ヶ谷の大崩壊(1889年発生)、宮川流域の土砂流出(1914年)、高原川流域の土石流(20年)をはじめ、近年では洞谷の土石流(79年)、左俣谷右支渓上岩小屋沢の崩壊(97年)、宮川流域の土石流・流木流出(99年)と降雨・降雪に起因する土砂災害が多数発生。焼岳の火山防災を含め、砂防事業が盛んな地域に実際に足を運ぶことで、安心・安全への寄与を実感できる。
昨年度のルートは、白谷砂防堰堤群の現場を組み込んだ。管内で最も荒れている流域と言われ、無人化施工により鋼製透過型堰堤の整備を進めている。
スーパー大暗渠の地獄平砂防堰堤や平湯大滝滝谷上流堰堤、砂防事業の歴史的資料・工事関連資機材などを保存し、児童・生徒らの総合学習の場としても活用している「奥飛騨さぼう塾」、新穂高ロープウェイのバックヤードにも訪れた。
また、焼岳に属する足洗谷の中尾堰堤群のほか、外ヶ谷の外ヶ谷堰堤群、整備中の新穂高渓流保全工、堰堤内部の管理用通路を開放しイルミネーションで電飾した、しのぶ砂防堰堤など砂防施設は枚挙にいとまがない。
神通川水系砂防事務所の渡邊剛副所長によると、コースや内容などを再検討した上で、今年度も砂守ツアーを開催する方針で、「地元住民の方々を含め、砂防事業がどのように地域と歩んできたかを広く伝えていきたい」考えだ。
◆知事の訴えが国を動かす
1910年9月7、8日に岐阜、富山両県一体が大水害に見舞われたことを契機に、神通川水系の下流に位置する富山県の濱田恒之助知事が上・下流で一貫した治水事業を実施するため、岐阜県に対して飛騨地方の富山県への参入を要望。ただ、岐阜県側から反対されたことから、内務省の大隈重信大臣に嘆願書を提出。19年に宮川の小豆沢、滝谷、桑谷、高原川の六郎谷が神通川水系で初の直轄砂防事業として認められ、内務省新潟土木出張所坂下砂防工場及び船津砂防工場が設置された。当時の内務省新潟土木出張所は現在の北陸地方整備局の前身に当たる。
神通川水系砂防事務所は、▽土砂流出対策▽流木対策▽大規模土砂災害・深層崩壊対策▽火山噴火減災対策--を柱に各種事業を進め、先人たちから受け継いできた土木遺産を継承するとともに、機能の維持・発展に努めている。