デザイナー、建築家などが虫の多様性からデザインの新たな一面を学ぶ展覧会「虫展」で、「トビケラの巣」と題した作品シリーズを監修する建築家の隈研吾氏と構造建築家のアラン・バーデン氏、江尻憲泰氏、佐藤淳氏、展覧会のディレクターを務める佐藤卓氏が25日、「建築家の巣」をテーマにしたトークイベントを開いた。構造建築家の3氏は、トビケラの巣から着想を得たそれぞれの作品に込めたコンセプトと構造などを説明。隈氏は、「最初からまったく考え方、材料がかぶらなかった」とし、三者三様の自由な発想による「人間スケールの巣」に建築の新たな可能性を見出していた。
◆虫からどれだけ学べるか
冒頭、モデレーターの佐藤卓氏は、「展覧会にはデザインのお手本というサブタイトルがついている。デザインの視点で虫の世界からどれだけのことが学べるかがテーマになっている。バイオミミクリー(生物の機能を模倣することで新しい技術を生み出す学問)という分野では、すでにデザインの手本として生かされている。トビケラの巣は、人間の世界でいえば建築だなと思い、建築家の参加を呼びかけた」と説明した。
作品を制作した3氏については、「新しい世代の構造建築家だと思う。いまは最初から構造建築家と一緒に考えていくという感じになっている。構造建築家にもある程度、材料に関する知識が求められるが、この3人は建築家以上にそういうことができる」と高く評価した。
◆髪の毛とナッツの皮で具現化
人間の髪の毛とナッツの皮で「髪の巣」を具現化したバーデン氏は、環境面から作品に使用する素材を考えた。「設計する時に貴重な資源を無駄にしたくない。二酸化炭素が増え、気象も変化している。建設関係資材の生産、利用方法を抜本的に変える必要がある」との考えから、有機系のごみ(ナッツの皮と髪の毛)を組み合わせて、いくつかのサンプルをつくった。素材の試作過程で、髪の毛はアルミと同じくらい耐力があるが非常に伸びやすく、ナッツの皮も変形しやすいことがわかった。筒をつくると耐力が増すことから、「3次元曲面をつくって形から剛性を探した」という。
隈氏は人間の髪を使うことについて「最初は怖いと思ったが、(考え方は)温暖化防止に有効であり、社会風刺的な毒も入っているところが面白い」と述べた。
◆姿を変え常に成長し続ける
発泡スチロールと接着剤、ネオジム磁石を素材にした「磁石の巣」をつくった江尻氏は、「隈さんからトビケラの巣の話を聞いて、最初に思い浮かんだのは粒子法だった。分子、原子の世界が構造体にも使えるようになっている。重み関数がトビケラの巣とイメージが重なった」と振り返った。磁石の巣には1050個の球面の発泡スチロールと、市販サイズの接着剤約150本、磁石500個を使用している。作品はメンテナンスしながら姿を変え、展覧会開催中は常に成長し続ける。
◆極薄和紙と木材の繊細な作品
佐藤淳氏は、高知県のひだか和紙を使った「極薄和紙の巣」を手がけた。「作品の制作に当たっては、隈さんから素材、形は何でもいいといわれていた。普段一緒に仕事をしていても多忙な隈さんとは5分くらいしか話せないので、一言、二言のキーワードからイメージすることから始めた」と振り返った。普段から材料に関しては薄さを追求しており、今回も1㎡で1.6グラムという世界最薄、最軽量の和紙と木材などを使い、繊細な作品に仕上げた。
佐藤卓氏は、「皮膜と線という繊細な材料で、どれだけ丈夫なものがつくれるのか。ほかの2人とは違う構造物をつくってくれた」と、着想に感心した。
◆これからの社会に正解はない
トビケラの巣という課題に対する3氏の解について隈氏は「かぶる可能性もあると思っていたが、最初からまったく考え方、材料がかぶらなかった。構造設計は面白いと思った」と、それぞれの発想を改めて評価した。
3氏の説明後、佐藤卓氏は「構造建築家に個性、思考の違いがどのくらいあるのか知らなかったが、今回のプロジェクトでよくわかった」とした上で、「同じ建築家がどの構造建築家と組むかによってでき上がる作品が変わってくるのか」と質問を投げかけた。
隈氏は、「高校までの教育は正解が1つだが、大学で建築学科に入ると正解がない。ケースごとに対応した解が出せる者とそうでない者では大きな差が出てくる。これからの社会に正解はない」と答えた。
江尻氏は、「日本では決まったルールを使う者が相当増えている」と述べ、佐藤淳氏は「学校で設計の課題をつくると、理性のある設計をしようとするあまり、考えすぎてしまって締め切りに間に合わないケースも多い。また、確認しないと先に進めない。何かセオリーのようなものがあると思って聞いてくる者も多い。最適化、形態解析は発展しているが、最適化の答えは複数ある」と指摘した。
佐藤卓氏は「トビケラの幼虫は1匹ですべてやっている。自然から学ぶことにわれわれはもっと謙虚にならなくてはならない」と締めくくった。