【2019年総括記者座談会】構造劇的転換 災害脅威も再認識 | 建設通信新聞Digital

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【2019年総括記者座談会】構造劇的転換 災害脅威も再認識

 2019年(平成31年、令和元年)は、前年に引き続き自然災害の脅威にさらされた年だった。こうしたなか建設産業界は、各地で発生した災害に対応する一方、個社と産業の持続的成長と発展に必要不可欠な、生産性向上と担い手確保・育成への取り組みを進めた1年だった。かつて建設市場は、バブル景気を背景に80兆円を超えるまでに急拡大したが、その後は減少の一途をたどり20年後に市場規模は半分程度まで縮小した。平成の時代まで栄枯盛衰を味わった建設産業は、令和という新たな時代に入り、持続的成長と発展に向けてさまざまな取り組みと布石を打ちつつある。19年を総括する。

成長への布石も着々/持続する建設市場好転

これまで公共工事が減少傾向だった地域も国土強靱化の特別措置などを受け、軒並み増加基調にある。ただ直面する課題は数多く、先行きも含め建設企業経営者の顔は晴れない。写真は全国各地で開かれた全建ブロック会議の皮切りとなった関東甲信越ブロック会議

A ことしは新たな元号令和スタートの年。新時代の始まりをどう見た。
B ことしほど象徴的な出来事が続いたのは珍しいと思う。端的に言うと、2019年は3つの具体的施策と4つのキーワードを合わせ、「7つのカギ」が注目を集めた年だった。
 3つの施策とは、▽罰則付きの残業上限規制などを柱にした「働き方改革」▽新たな在留資格である特定技能の「新外国人材受け入れ」▽本格運用が始まった「建設キャリアアップシステム」――の3施策。4つのキーワードである▽公共工事設計労務単価▽公共投資▽新・担い手3法▽積算改定――を加えた7つのカギが建設産業界に大きく影響を与えた。
C 残業上限規制の適用は建設業の場合まだ猶予されているけれど、地方業界含め具体的対応が大きな関心事になっていたのは事実だ。でも地域によって、取り組み姿勢の真剣度合いや情報収集力の温度差が気にかかる。
D その指摘、これから最も大きな課題になると思う。働き方改革だけならともかく、担い手の確保・育成や企業の収益・存続につながる生産性向上に直結するからだ。
A 中小企業へ向けた支援ならいまでもしている。
D よく考えてほしいのは、建設産業界がいま直面している課題への取り組みは、日本と全ての産業・企業に突きつけられている課題だということだ。人口減少と高齢化進展のなか、建設産業だけ働き方改革や生産性向上が進まないから「特別扱いを」という理屈が通用するとは思えない。
C 建設産業界は、昭和・平成の時代、建設市場規模の拡大と長期にわたる縮小傾向を経ていまに至っている。その間、バブルとその崩壊、一般競争入札の全面導入、コンプライアンス(法令順守)問題、上場企業破たんなどさまざまな出来事に直面したけれど、これらは全て産業内のこと。日本の産業全てに問われているいまの課題とは違う。
E 話を戻すと、冒頭に指摘があった4つのキーワードはいずれも連動している。企業規模に関わらず収益改善と余裕を持った担い手確保・育成や専門工事業との関係強化の追い風になったのは確かだ。労務単価は7年連続上昇し1997年度の単価公表以来の最高値を記録、大手から中小企業まで幅広く現場と企業の収益改善につながった。
 また公共工事を主力にする地域の中小建設企業にとって、国土強靱化の特別枠などもあり公共事業関係費が8兆円程度まで拡大したことと、調査基準価格の設定範囲を「70―90%」から「75―92%」に引き上げたことは、企業経営にとって歓迎すべき出来事だったと思う。
A 7つのカギは追い風だが、一方で追い風をつかみ切れていない企業も多いという問題があるということか。
B 上場企業など規模の大きな企業は当然ながら、建設産業が直面する課題と個社が抱える問題の分析と取り組み検討は進んでいる。しかし、政府・行政全体のデジタル化やIT、IoT(モノのインターネット)などの技術革新、建設市場の中身の変化と規模見通しを踏まえた個社の成長・持続への具体的戦略像と布石を全ての企業が描ききっているわけではない。ただ一方で、中長期を見据えた新たな収益構造への転換の布石を着々と打ち始める企業も多い。令和元年を振り返るとしたら、産業構造の劇的転換と成長へ向けた布石の年と位置づけられると思う。

これまでの常識 通用しない/直面する「気象凶暴化時代」

利根川(写真奥)と江戸川の分岐点。江戸川は左側へ、利根川は右側に分かれる。江戸初期に行われた有名な“利根川の東遷事業”後の竜頭の棒出しや関宿水閘門は、流域の洪水被害を抑え、渇水時は江戸川に水を入れる役割も担った

A 昨年の西日本豪雨に続いて、ことしは強風による停電長期化が深刻な影響を及ぼした「台風15号」と記録的大雨によって各地で河川堤防決壊となった「台風19号」など気候変動の問題は大きくクローズアップされた。
B 台風19号は、関東甲信越と東北の広範囲で記録的大雨をもたらした。上陸前からの総雨量が神奈川県の箱根で1000mmに達したほか、17地点で500mmを超えた。
 この雨量がどの程度なのかというと、東京都内で浸水家屋が3117戸に上った1993(平成5)年8月の台風11号の総雨量が288mm(1時間雨量47mm)だったことと比較すると分かりやすい。
C そもそも近年、東京でも1時間当たり50mmを超える豪雨が増加している。だから東京都は河川整備の目標水準(時間50mm)を超える集中豪雨増加に対応するため、従来の目標水準を時間75mm(区部)に引き上げ、時間100mmの局地的・短時間豪雨にも効果が期待できる取り組みをすでに始めている。
A 具体的にはどのような整備をするのだろう。
C 東京都の基本的な河川整備は、川幅を広げる「河道拡幅」と、川底を掘り下げる「河床掘削」で川の断面を大きくする2つ。要は水の流量・容量を広げる考えだ。
 ただ河道拡幅には新たな周辺用地の取得が必要だけど、下流から上流へ向けて護岸改修を進めていっても、途中で用地確保が困難だったり、地下鉄など公共インフラが存在したりと、河道拡幅が難しいケースもある。
 この打開策が、豪雨であふれ出る雨水を一時的に貯留する「調節池」と、川の水かさが増えた場合にその分を本来の川から分岐させる「分水路」の整備だ。
D 台風19号の大雨に効果を発揮したとして取り上げられた、地下40mに整備された延長約4.5㎞、内径12.5mの地下トンネル「神田川・環状七号線地下調節池」が代表施設だ。
 今後は地下トンネルを白子川地下調節池まで延ばし連結させることで、環七通りから目白通りまでの延長約13㎞の地下トンネル「環状七号線地下広域調節池」が誕生することになる。
C ちなみに「調節池」の名称は河川部署が使う用語。同じ地下トンネルでも、下水道事業部署では「雨水調整池」「貯留管」の名称を使っている。
E 少し古い話になるが、戦後最大の被害をもたらした58(昭和33)年の狩野川台風をきっかけに、東京都の河川整備はそれまでの時間30mm対応から50mm対応に引き上げられた。
 狩野川台風の翌年59(昭和34)年の伊勢湾台風を教訓に災害対策基本法が制定された。47(昭和22)年のカスリーン台風は、利根川、荒川の堤防決壊で大きな被害をもたらしたが、これをきっかけに戦時中に工事中止となっていた東京都の「中川放水路(現・新中川)の整備が再始動した。また、カスリーン台風を教訓にダムによる計画的な洪水調節を行う、本格的な治水事業に乗り出すことになった。
A その意味で今回の台風19号がもたらした影響と今後をどう考えるか。
B 台風19号は71河川140カ所の堤防決壊によって、関東甲信、東北地域で甚大な被害をもたらした。同時に治水対策のあり方や、これまでの常識が通用しないなど多くの課題を政府・自治体、企業、住民に突きつけたのは確かだ。破堤によって広域で大きな被害となった千曲川や多摩川、荒川水系、那珂川水系など国管理河川の堤防決壊や越水・溢水(いっすい)は、気象が凶暴化する時代への対応を改めて考えさせられたといえる。
E ただ一方で、ダムや首都圏外郭放水路、渡瀬遊水地といったこれまで取り組んできた治水インフラの整備によって被害の低減効果も証明された。災害が起きたことは非常に残念だけど、一方でインフラ整備の重要性やストック効果などについて、理解が進んだことも確かだ。
F 多摩川と並行して流れている鶴見川は70年代に建設省(現国土交通省)が治水政策で上流から下流まで流域全体で治水対応を考える「総合治水対策」を全国で先駆けて導入したことでも知られている。今回もこれまでの流域対策が被害低減につながった。
 ただ、建設コンサルタンツ協会が10月に開いたインフラ整備70年講演会では、総合治水対策に関与した関係者から、「治水政策の転機となった鶴見川総合治水でさえ、鬼怒川水害のような50年に一度の大雨には対応できない」と頻発する豪雨への危機感を示した。
A 流域全体で気候変動に備える考え方は、赤羽一嘉国交相が11月にスタートした社会資本整備審議会の気候変動を踏まえた水災害対策検討小委員会でも表明している。
D これまで以上に危機意識を持って、行政や地域、住民が取り組むことに異論はない。でも気象凶暴化の時代に直面してもう一度考える必要があるのは、東京都内で隅田川、荒川、江戸川よりも低い、いわゆる「東部低地帯」と呼ばれる地域の脆弱(ぜいじゃく)性だ。
B 東部低地帯については、高潮対策に国も都も対応しているし、スーパー堤防の整備も進めている。
D 台風19号で浮き彫りになったのは、河川の堤防決壊が140カ所に上るなど気象の凶暴化が進んでいることと、堤防決壊による被害の大きさだ。
 当然堤防の強化は必要だろうけど、東部低地帯は隅田川や荒川、江戸川などより低いから堤防の破堤、溢水などの発生に伴う被害リスクは深刻となる。
A ではどうすれば良いのか。
D 東部低地帯の場合、利根川や荒川、隅田川など河川対策のほか高潮対策が必要なことはだれも異論がない。その意味で堤防整備は必要だ。ただ堤防整備とは「線」の整備。「線」全てを強化するのは難しい。本来の前提でいえば、最終的には東部低地帯は土地の埋め立てやかさ上げで高台にするしかないと思う。
A 正論はそうかもしれないが、現実的には難しい。
F 問題提起としては間違っていないと思う。とにかく気候変動による災害リスクがこれだけ高まっていることを踏まえ、国、地域、住民は自分事としてどう災害リスクに向き合うべきかという課題を突きつけられていることは確かだ。

東部低地帯が海面より低いゼロメートル地帯で、地下水くみ上げにより地盤沈下が著しいことが一目で理解できる。それが、東京都江東区内にある“南砂町地盤沈下観測所”標柱だ。一番高い位置にある目印が地域を守る「堤防の高さ」。2番目に高い位置の目印が過去最高水位を記録した大正6(1917)年台風時。上から4番目の目印は大正7年時の地表面だ

五輪施設が続々誕生、地域も好転/プロジェクト

A ことしもさまざまなプロジェクトが完成・始動した。
B 最大のトピックスは2020年7月24日開幕の2020東京オリンピック・パラリンピックに向けた五輪施設が続々完成したことだ。特に新規に整備される恒久施設はいずれもレガシー(遺産)として大会後、さまざまな役割を担う予定となっている。
C 直近では開会式・閉会式の会場となる、オリンピックスタジアム(新・国立競技場)が完成し、完成イベントが開かれるなど本番へ向け準備が着々と進んでいる。
D 東京都が整備する新規恒久施設は、▽東京アクアティクスセンター▽海の森水上競技場▽有明アリーナ▽カヌー・スラロームセンター▽大井ホッケー競技場▽夢の島公園アーチェリー場――の6施設。来年2月完成予定のアクアティクスセンターを除けば、全て完成した。
 そのほか、有明アリーナと道路を挟んで立地し、有明体操競技場も完成している。
E レガシーとして存続する東京五輪会場の特徴として、日本らしさの1つである、「木の温もり」が随所ににじみ出ている。有明体操競技場は建設地が貯木場だった背景を踏まえ「湾岸エリアに浮かぶ木の器」がコンセプトだし、オリンピックスタジアムは、47都道府県産木材をふんだんに使っている。
 もう1つの特徴が、さまざまな経緯もあってオリンピックスタジアムや有明アリーナ、アクアティクスセンター、体操競技場など各施設が特徴のある工法を採用して生産工程や工期の短縮と品質確保向上につながったことだ。
F 五輪を契機に新たな街も生まれる。大会では晴海に選手村が整備されるけど大会後はこの施設群が、1万2000人の新たな街として誕生する。
A 五輪以外のプロジェクトはどうだろう。
F 都心部の大規模再開発が計画を含め五輪後もあるのは事実だ。また、地方の公共工事も順調に確保されているのが、いまの状況と言える。予算で言えば、19年度の公共事業関係費は、通常分と防災・減災、国土強靱化の特別措置、さらに補正を積み上げた数字は8兆5000億円超に上る。
B 予算計上だけでなく確実に公共工事量は拡大している。主要前払保証会社3社の19年度11月末累計(4-11月)前払保証統計を見ても、これまで高水準だった東北地区を除く全ての地区で前年同期比増加となっている。それもこれまで市場規模が縮小・苦戦していた地域で軒並み2桁増となっている。強靱化などで地域への配慮があるのかもしれない。
C 民間を含めた建設市場動向では、東京圏以外の大都市圏である中部、関西のほか、新幹線延伸の北海道と北陸、インバウンド対応の沖縄を含む九州まで市場拡大が全国各地に広がっているのがことしの特徴とも言える。

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