【日本建築学会賞(作品)受賞】乾久美子氏に聞く 延岡駅周辺整備プロジェクトにかけた思い | 建設通信新聞Digital

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【日本建築学会賞(作品)受賞】乾久美子氏に聞く 延岡駅周辺整備プロジェクトにかけた思い

 2020年の日本建築学会賞(作品)に乾久美子氏(乾久美子建築設計事務所取締役)がデザイン監修を手掛けた「延岡駅周辺整備プロジェクト」が選ばれた。プロポーザルでの指名から約9年にわたってプロジェクトに関わり、市民を始めとするさまざまな関係者と協働しながら地域活性化のロールモデルをつくり上げた。多様な活動と交流を通じて、新しい地域の力を育むプロジェクトにかけた思いなどを乾氏に聞いた。

――受賞の感想を

 「非常に長い期間がかかったプロジェクトなので、関係者も非常に多い。多くの関係者とさまざまなことに取り組み、最後の最後に賞をいただいて、みんなの苦労が実ったと思っています。駅前にはさまざまな関係者がいます。延岡市、JR、県、バス会社など多くの関係者が関わっており、デザイン改修という立場で統一感を創出することに、かなり丁寧に取り組んできました。それが評価されたことは非常にうれしいです」

――プロジェクトを進める上で、苦労した点は

 「駅前を再整備することでまちの活性化を図るのがプロジェクトの目的でしたが、11年に実施されたプロポーザルの段階では、駅前ということは決まっているものの、敷地境界線も、何をつくるかも決まっていませんでした。駅周辺整備ということで、自由連絡通路も設置しています。土木設計の方がつくった構造体の上に上屋をつくっている。土木とは構造計算の方法も違いますし、議論を丁寧に進めました。そういった点では文化の違う者同士がうまくやるために気を配りました。土木と建築では構造計算の仕方が違います。建築設計はミリで話しますが、土木はセンチです。コミュニケーションの難しい場面もありましたが、駅前を良くして、まちづくりに生かしたいという思いは一緒だったので、良い着地点を探しながら議論を進めました」

――市民ワークショップ(WS)での取り組みについて

 「市民WSでは、コミュニティーデザイナーの山崎亮さん(studio-L代表)に参画していただき、市民の意見を丁寧に拾い上げました。公共建築をつくる際に建築家が司会をするケースもありますが、それだと建物の形態や色彩の話になるケースが多く、うまくいかない場合もあります。延岡の場合は形の話ではなく、活動に焦点を当てました。コミュニティーデザインという形をつくらない方々に司会をお願いして、市民が建物の中で何をしたいのかというソフトの部分を重要視しました。基本的に市民の要望は大体受け止めていると思っています」

駅前複合施設「エンクロス」。地面から内部の人の流れが見えるように、2階の床レベルは公共施設ではかなり低い3mに設定(撮影:阿野太一)


――複合施設のエンクロスに込めた思いについて

 「これまで『まぜごはん』『ちらしずし』などの言い方をしてきましたが、駅機能と市民活動施設を混ぜ合わせることを重要視しています。それをまずやりましょうと。まちづくりで建物を建てる事例は結構ありますが、補助金を受けて中途半端な中層ビルにしてテナントを入れても、まちのにぎわいに寄与しないケースも少なくありません。そういった事例を見て、上のフロアでさまざまなことが起きていても、まちから見えないことが問題だなと思っていました。地面から建物内部の人の活動が見えるようにした方が良いというコンセプトで、当初は平屋で計画を進めていました。みんなでいったんは納得しましたが、駅前にはバス、タクシー乗り場も設置するため、駅ビルの面積が少なくなり、市民WSで要望があったブックカフェなどの面積が足りなくなってきたので2階建てに変更しました。2階建てにはしましたが、地面から内部の人の流れが見えるように、2階の床レベルは公共施設ではかなり低い3mに設定しています」

――建物の特徴は

 「JR駅舎の目の前に立ちはだかるように立地しています。駅舎は2階建てのRCラーメン構造の地方都市によくあるタイプですが、市民アンケートの結果では、愛着が深いことが分かっていました。建物を新しく駅前につくるに当たっては、できる限り愛されている延岡駅の雰囲気を継承することに配慮し、駅舎と高さをそろえています。柱のスパンは駅舎と等間隔にして連続性を創出しています。柱のサイズも駅舎とそろえました。駅が増築された感じ、一体感に配慮しました。ただ、単純なラーメン構造の増築ではつまらないので、同じ空間が繰り返されないように、吹き抜けをつくったりトップライトを散りばめたりすることで、均一ではなく、さまざまタイプの居心地の良い場所をつくりました」

――施設運営について

 「運営に当たっては、市役所、市民とうまくいくように議論を重ねました。地元による指定管理を探っていましたが、延岡市内にこれだけの建物を管理できるだけの組織体がなかったので、市外から広く募った結果、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が手を挙げてくれました。CCCは武雄市図書館(佐賀県武雄市)などで実績、ノウハウもあり、お願いすることにしました。プロジェクトは100%市民の力で実行することを目指していましたので、東京資本の会社が入るという場面では自問自答するタイミングもあり、市民からも否定的な意見、肯定的な意見双方が上がりました。エンクロスの館長を務める中林奨さんはオープン前から延岡市に住み込んで市民の活動拠点となるための議論をしてくれました。そうした活動が功を奏し、市民が親しみを持って集ってくれる施設になっていると思います」

約2万冊の閲覧図書を館内の好きな席で楽しむことができる(撮影:阿野太一)


――今後のまちづくりとの関わりについて

 「従来のまちづくりは、都市計画を学んできた方が広く手掛けてきました。実際、建築家が手掛ける事例は少数でしたが、この20年で増えています。どうしてかと言えば、都市計画やまちづくりが人口減少の時代にあってピンポイントで手を入れていかなくてはいけない状況になってきているからです。ある時点から建物の床が余ってしまうなどの問題が顕在化し、これまでの都市計画の手法が使えなくなってきています。そういった状況下でまちのにぎわいを創出するためには、楽しくなる場所をピンポイントでつくる方が効果的であるということがわかってきたのだと思います。プロポーザルの要項からは、これほど長期にわたることになるとはわかりませんでしたが、最初から最後まで関わることができてうれしく思っています。どこの地方都市でも、ポテンシャルがあるのにうまくいっていない場所はたくさんあります。われわれのような立場の者が参画することで、少しでも地域が良くなれば、今後もお手伝いしていきたいと思っています」

◆駅広・東西自由通路複合施設を一体整備
 JR延岡駅の周辺活性化事業として、駅前複合施設「エンクロス」を始め、駅前広場、東西自由通路などの施設を一体整備した。2011年に「延岡駅周辺整備デザイン監修者プロポーザル」が実施され、最優秀者に乾久美子氏が取締役を務める乾久美子建築設計事務所が選ばれた。
 同事務所が設計を手掛け、18年4月にオープンしたエンクロスは、待ち合い、情報発信、キッズ、図書閲覧、市民活動スペース、カフェ、宮崎県初の蔦屋書店などで構成し、カルチュア・コンビニエンス・クラブが指定管理者として運営を延岡市から受託している。構造・規模はRC・PC一部S造2階建て延べ1659㎡。施工は上田・児玉・朋幸・久米JVが担当した。

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