【ゴールを定めず人に感動を】歴史的建造物の保存活用で建築学会文化賞受賞 浅田 剛治氏 | 建設通信新聞Digital

4月25日 木曜日

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【ゴールを定めず人に感動を】歴史的建造物の保存活用で建築学会文化賞受賞 浅田 剛治氏

 ブライダル事業を主軸とするノバレーゼ(東京都中央区)の社長在任中に手がけた6つの歴史的建造物のリノベーションが高く評価され、2020年の日本建築学会文化賞を受賞した。ブライダル業界での同賞受賞は初めて。「もともと、歴史的建造物が好きで、喜んで使ってもらえるということで始めた。評価されて名誉であり、大変うれしい」と喜びをかみ締める。価値ある歴史的建造物を綿密な計画で持続可能な収益物件に生まれ変わらせ、次代につなぐ1つのビジネスモデルを構築し、今後も良好なストックの形成による建築文化の発展、啓発に意欲を見せるハイパードライブの浅田剛治社長にリノベーションに込めた思いなどを聞いた。

ハイパードライブ社長 浅田 剛治氏


 文化賞は「歴史的建造物の魅力を活かした結婚式場・レストランの計画と運営による近代建築の保存活用への貢献」で受賞。一般的に歴史的建造物は、価値を損なわず、経済的な合理性も含めて解決しない限り保存が難しいとされているが、さまざまな課題をクリアした点が高く評価された。

 歴史的建造物を結婚式場やレストランとして活用するため、外壁の補修やチャペルなどの施設を付加し、内部はオリジナル状態の保存・復元に留意しながら、新しい空調や防災設備を整備するなど、快適性・安全性にも配慮したリノベーションを実践した。

 浅田社長は、「耐震、防火基準を現在の仕様に合わせながら昔の良さをそのまま残すことに苦労した」と振り返る。最初に手掛けた芦屋モノリス(兵庫県芦屋市)は、旧逓信省芦屋別館をリノベーションした。手を加える前は、主にNTTの料金窓口として使われていた。内部は空調効率を考えて天井が低く張られていたが、改修に当たっては、「アーチ状の梁を露出させるなど、建設当時の姿に戻した」という。

芦屋モノリス。旧逓信省芦屋別館をリノベーションした。内部はアーチ状の梁を露出させるなど建設当時の姿に戻した (提供:ノバレーゼ)


 広島市の三瀧荘は、マリリン・モンローとジョー・ディマジオが新婚旅行で立ち寄るなど格式の高い老舗旅館だったが、バブル崩壊後に経営が厳しくなっていた。明治、大正時代の建築様式が混在する建物の内装は基本的に手を加えずに活用している。

 「既存施設だけでは結婚式場として使えない上に、庭園には手を付けられない」という状況下で、知恵を絞ったのが辻家庭園(金沢市)だ。有名な庭師がつくりあげた人工庭園は、文化財指定されており、一木一草手を加えてはいけないという条件があったため、「庭に触れないようにスカイブリッジをつくり、庭園をまたいで新設した宴会場とつないだ」と振り返る。

 「変に新しくするとバランスが悪くなる」ことから、古い部屋などは基本的にそのままの状態で保存・活用している。リノベーション前には照明が現代風のものに付け替えられていたが、「雰囲気を損ねないように、古家具を扱う店などを巡って、古い照明を探して付け直した」と細部にまでこだわった。

 英国人貿易商のアーネスト・W・ジェームスが自宅として建て、三洋電機創業者が迎賓館としていたジェームス邸(神戸市)は、用途制限がある第一種低層住居専用地域にあったため、「用途地域を見た時には無理だと思った」が、市指定文化財に指定し、用途地域の制限緩和を受けてウェディング施設として活用する仕組みを構築した。

 制限緩和に当たっては、近隣住民を集めて計7回の公聴会を開いた。総論賛成だが敷地に隣接している住民からは、さまざまな意見・要望が出された。宴会場を新設する際には、水をくぐらせて匂いを消す装置をキッチンに設置するなど、近隣住民からも親しまれる施設づくりに配慮した。

 6施設は事業用定期借家、普通建物賃貸借で個人、企業と契約して運営している。業績はいずれも良好で「事業的にも優等生」という。

結婚式場やレストランに活用している歴史的建造物


 大学卒業後は、リクルートに就職したが、父親が病で倒れたことから家業の1つである名古屋の結婚式場の経営を任され、ブライダル業界に飛び込んだ。3年ほどで赤字だった業績をV字回復させたが、父親との経営方針の違いから退社し、00年にノバレーゼの前身である「ワーカホリック」を立ち上げた。「資金がなく、式場をつくることができなかったので、名古屋の有名な日本料亭で結婚式のお手伝いをさせてもらった」ことが、古い建物との出会いだった。

 料亭を見学しに行った時に、「素晴らしい佇(たたず)まいが残る場所で式を挙げたら非日常的な体験を提供できる」と直感した。01年から料亭の結婚式をプロデュースし、「畳の上に絨毯(じゅうたん)を敷いてチャペルにしたり、古臭いパンフレットを現代風に刷新したりして、それまで10件程度だった年間の挙式組数が110件にまで増えた」と業績の急拡大に貢献した。

 「古い建物がお客さまから評価されることを肌で感じた」。料亭での成功後、芦屋モノリスを皮切りとした歴史的建造物の活用を手掛ける。物件探しには苦労した。「大きすぎたり、狭すぎたり、ほとんどのケースが帯に短したすきに長しだった」が、初弾の芦屋は「建物を実際に見た瞬間、ビビッときた」という。

 「追加でかかる資金や法適合の面などを勉強した。以前から付き合いのある設計者などの協力を得ながらノウハウを学んだ」。芦屋での苦労が、以降のビジネスモデル構築に役立った。

 「45歳で引退する」という宣言から2年遅れたが、47歳でノバレーゼの持ち株をすべて売却し、17年7月にウェディングEC事業などを展開するハイパードライブを設立した。結婚式に必要なあらゆるアイテム・サービスをネット購入できるプラットフォームとして同社が提供する「CORDY(コーディ)」は、500社が登録し、約35万点のアイテムを扱う。

 今後の事業展開については、「プラットフォームもある程度できたのでリアルも手掛け、相乗効果で事業強化につなげたい」とし、「歴史的建造物の活用も含めた、既存式場の再生事業も本格的に手掛けていきたい」と意欲を見せる。

 「面白いことを生み出して。集う人たちがやりがい感じて社会に貢献し、利潤もついてくれば」という思いで再度、起業した。今後も楽しい空間、時間をクリエートし続け、「ゴールを定めず、人に感動を提供していきたい」と力込める。

賞状と賞牌。ブライダル業界での受賞は初めてとなる

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