【著者と1時間】変わりゆくものと不変のものを見極める 小野組社長 小野貴史さん | 建設通信新聞Digital

4月30日 火曜日

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【著者と1時間】変わりゆくものと不変のものを見極める 小野組社長 小野貴史さん

 悠揚迫らざる安定感を醸しながらも、6代目社長の席を温める姿をついぞ見たことがない。新潟県の老舗会社を継いで12年、ひたすら走り回り、人に会っては教えを請い、考え、実践してきた。

小野組社長 小野貴史さん


 リストラ旋風吹き荒れる中、三方良しの公共事業研究会を通じてエリヤフ・ゴールドラットが提唱する制約理論(TOC)に出会って目が覚め、経営方針を大転換。2011年には建設青年会議全国大会開催を会長として率い、その後、全国の若手建設企業経営者と研究会を結成して研さん・交流を重ねながら、ミツバチで受粉させるイチゴの閉鎖型植物工場の稼働に世界で初めて成功。近年では、業界他社にも開かれた建設技術者・技能者の育成機関の設立・運営に乗り出すなど八面六臂の事業・活動を怒濤のように展開してきた。

 本書はその軌跡の総括である。とはいえ「成功体験」をもとにした「経営指南」の類いではない。疲弊する地方社会の課題に向き合い奮闘している現場の「労働」「生産」「経営」に対して押し寄せている改革の波への懸念、危機感の表明であり、それに対処していくための提案の書である。全200ページに通奏低音のように流れているのは、ビジネス書に氾濫するカタカナ用語に象徴される、欧米の価値観を前提とした経営・人事システムをそのまま取り入れようとする姿勢への疑念だ。その先にはグローバリゼーションや新自由主義によって壊れかけた世界が見え隠れする。

 ピーター・ドラッカーに影響を受けたという。「日本型経営を非常に評価していた。人間中心の経営をしなければと主張していたのだと思う」。昨年4月に緊急事態宣言が出され、外出自粛する中でドラッカーの著書を読み直し、ついでに自身の考えも整理しておこうと思ったのが執筆のきっかけだという。経営について考える中で突き当たったのが「働き方改革」だった。「ダイバーシティーを重視し、皆が力を合わせて働ける社会の実現という、働く人に寄り添った理念はとても良いと思った。しかし(施策展開の)手法を見て疑問を感じた。結局はコストカットなんですよ、わが業界もさんざん苦汁をなめてきた」。

 「働き方改革では日本型の職能資格制度から欧米型の職務等級制度への転換、つまりOJTからOff-JTへの移行を促している。欧米の考え方では人材とはコストであり、育てるのではなく即戦力として活用するもの。これは価値観の大転換であり、おそらく日本の、特に地方の中小企業がこれをそのまま受け入れるのは難しいのではないか」

 一方で、舶来の思想や製品をうまく加工して取り入れるのは日本のお家芸であり、「職務等級制度のメリットだけを生かし、基本は日本型とするハイブリッド人事評価制度を手づくりすればいいんです」と提案する。時代に沿って変わっていくものと不変のものを見極めることは、働き方だけでなく5Gに伴うデジタル化の加速に対する向き合い方にも通じるのだと強調する。「昔、おすしが回転板に乗って流れてきたり、タブレットによる注文で飛ぶように出てくるなんて誰も考えなかった。一方で、予約の取れない老舗のすし屋はいまも健在です。地域建設業も同じです」と、いつものように、ゆるキャラ的ノリの論法でブルーオーシャンの景色を説明する。

 本書は、何よりも「従業員とその家族」のための、憂国の、渾身の、激筆の書である。

『人を育てる 新・日本型経営のすゝめ』/グッドブックス/1500円+税



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