【著者と1時間】『地盤と建築をつなぐ―地盤品質判定士をめざして』藤井衛さん | 建設通信新聞Digital

5月3日 金曜日

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【著者と1時間】『地盤と建築をつなぐ―地盤品質判定士をめざして』藤井衛さん

 東北地方太平洋沖地震が発生してから10年あまりが経過した。M9.0という巨大地震は、プレートの大規模な破壊によって長い時間大きく揺れた結果、液状化や造成宅地の崩壊といった多くの地盤災害を引き起こした。藤井衛氏は「液状化で人が死ぬことはまれです。しかし、造成宅地の崩落は死につながる可能性があります」と語る。住宅が被災したことによって住む家や財産をなくし被災者のその後の生活に大きな影を落とす。

東海大学名誉教授 藤井衛さん


 戸建て住宅を扱う建築士は宅地地盤の評価を基礎の選定という意味で捉えがちだ。それは「建築士にとって宅地の安全性はきわめて低い位置付けになっています。その証拠に建築士の資格試験の問題に地盤に関する問題はせいぜい1問か2問しか含まれていません」。そのため、建築物を建てる際、宅地の安全性については二の次になってしまいがちとなる。

 現在、戸建て住宅の不同沈下の原因の7割以上は、切・盛土地盤、埋め土、埋設物、盛り土の変形等の造成地盤にあり、基礎の設計とは別の次元の問題となっている。しかし、「私たちにとって一生に一度の大きな買い物となる住宅が危険かもしれないということを、土木従事者だけでなく建築士にももっと切実な問題として捉えてほしい」と願っている。なぜなら家と土地は切っても切れない関係だからだ。

 東日本大震災から10年を迎えたいまだからこそ、建築と土木それぞれの分野の人たちが一堂に会して、地盤と建築一体で安全性を考える必要がある。というのも、両者の地盤に関するとらえ方が違うからだ。建築家は建物を第1に考え、「与えられたその土地に建物を建てても大丈夫か」といった視点で設計している。逆に土木従事者は地面の下のことを中心に考えている。しかし、周辺環境も含めて考えないとリスクは回避できない。「宅地は健全でも、裏山の斜面が崩壊するかもしれないし、擁壁が大きく崩れ巻き込まれる可能性があります」という。

 藤井氏は建築家の視点で地盤の安全性について研究してきた。また、その経験を生かし、自治会の防災部長として10年、地域の防災に取り組んできた。「兵庫県南部地震の時に兵庫県芦屋市の芦屋浜で液状化が発生しましたが、その後のアンケートによると、住民はその場所で住み続けたいといいます。それは、近隣住民を含めたなじみのある土地で暮らすのが幸せだからです」。その声は、東北地方の被災地からも聞こえてくる。

 4月1日現在、地盤品質判定士1134人、判定士補225人が登録しているが、そのほとんどは土木系となっている。地盤品質判定士協議会は、地盤工学会を始め、建築学会や土木学会などが名を連ねてはいるが、実際は地盤工学会傘下の位置付けとしての色合いが濃い。

 本書は、土木従事者だけでなく建築士や不動産関係者、また一般の人たちが地盤品質判定士補の資格を取得できるようにするのが1つの目的だが、一方で「地盤の知識を身に着け、土地の購入と家を建てる時の判断材料にしてほしい」と、被災者になってほしくないという思いもある。東海大学の漫画研究会がマンガを担当し「これでもか、というくらい初心者でもわかりやすくしました」と、だれにでも理解できるよう工夫されている。

 最後に、「私たちの命を守るためには、地盤の安全性がなにより最優先です。いくら建物が頑丈でも、豆腐の上に建っていれば地震動などの衝撃で簡単に倒壊してしまいます。そのためにも、土木と建築の両者が安全性について一緒に考え検討していくことが必要です」と締めくくった。

総合土木研究所/5000円+税(6月1日発行)



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