【親子で伝える日本の大工仕事】ユーチューブチャンネル「大工の正やん」 | 建設通信新聞Digital

4月29日 月曜日

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【親子で伝える日本の大工仕事】ユーチューブチャンネル「大工の正やん」

 大工系ユーチューブチャンネルとして国内屈指の人気を誇る『大工の正やんShoyan』(大工の正やんチャンネル)の快進撃が止まらない。ユーチューブではここ最近、有名チャンネルでさえも視聴者数が減少しているが、着実にチャンネル登録者数を増やし、その数は40万人を突破した。舞台裏について正やんと制作を統括する息子の船井啓太さん親子に話を聞いた。日本独自の木の文化により育まれた職人技。「大工仕事を世界に発信する」という壮大な取り組みを紹介する。

正やん(左)と船井啓太さん


◆正やんとは何者か

木の香りに包まれる仕事場兼撮影現場の「大工小屋」

 福井県内のとあるまちに正やんの仕事場兼撮影現場『大工小屋』がある。周辺は山々に囲まれた田園地帯で、昔ながらの木造民家が点在する日本の原風景のような場所だ。
 正やんは現在65歳。3代続く船大工の息子として、約50年前、中学卒業後に職人の道を志した。「手に職をつけたい」という思いとともに、父親が亡くなったタイミングであったことも理由だった。当時は木造船からプラスチック船に取って代わる時代だった。船大工の仕事が減少していたため、需要が旺盛だった家大工になる決意をした。
 「6年は修行期間。その後1年はお礼奉公」と言われる中、親方の元で9年9カ月を過ごし、ノミ、カンナなどの道具を使って加工をする手刻みの技術を磨いた。10年目に独立。それから40年余り、これまでに約60軒の家を手掛けた。
 その間、日本の大工技術にも大きな影響を及ぼす業界の変化があった。それは手刻みの仕事を代替するプレカット(工場加工)の広がりだ。
 「大工小屋で3、4カ月手刻みして、建前(上棟)の後に6、7カ月かけて家を完成させる」。独立当時の前半20年は1年に1軒を建てるのが限界だった。建前は不安で前の日は眠れなかったと振り返る。「顧客が高い金を出しているのに、合わなかったら終わり。何軒建ててもその緊張感がなくなることはなかった」と、職人としてのプライドをのぞかせる。
 そうした手刻みの仕事も時の移ろいとともに減少し、福井県内でもコストや効率性を重視する観点からプレカットでの注文が主流になった。
 「プレカット工場から運ばれてきた木材を基礎の上に建てる。職人10人で1日で建前が終わる」。1年に2、3軒を建てることができるようになり、コストも「例えば100坪の家でプレカットの場合は120万~130万円で加工できる。大工の手刻みだと300万円ぐらいはかかる。大きな差がある。しょうがないことで絶対に元には戻らないだろう」と話す。
 現在、手刻みを売りにしている職人もいるが、その数は減り続けている。家一軒刻むのに高額な機械設備の投資も必要になるが、正やんは「自分らの世代まではフル装備で持っている。後の世代は持っている人は少ない」という。「技術も含めて20年後はほとんどがなくなってしまう可能性すらある」と危惧(きぐ)する。

◆きっかけはコロナ
 国土の7割を森林が占める日本は先進国の中で有数な森林大国だ。世界的に見て独自の木の文化を育んできた。継手や仕口など手刻みの多種多様な技術を持つ大工は、現代の現場でも目を見張るような〝納める〟能力にたけている。だが、その技術はいつの間にか失われつつある。こうした社会的背景の中でスタートしたのが大工の正やんチャンネルだ。人気を博した背景には偶然と必然があった。
 啓太さんは大工の正やんチャンネルについて「新型コロナウイルス感染症の流行が始めるきっかけになった」と振り返る。啓太さんは、大学4年を終えた2020年4月から2年間の海外留学に出発するはずだった。
 そのタイミングで新型コロナが世界中に広がった。全ての計画が白紙になった。そこで「親父が大工なので『とりあえずやってみるか』という軽いノリで始めた」。もともとユーチューブを使った表現に興味はあったが、「本人(正やん)はよく分かっていなかったと思う」と笑う。
 20年3月に大工の正やんチャンネルを開設した。最初の動画は手元にあったスマートフォンで撮影した。「撮影、編集、マーケティングもゼロからのスタートだった」と言い、全て手探りの状態で始めた。しかも啓太さん自身は現場で掃除を手伝う程度の経験はあったが、父親の働く姿を直接見たことがなかった。「正直、何に価値があり、何を撮ればいいのか分からなかった」
 一方、正やんは現場に突然息子が来て撮影するという当時の状況を「うっとうしかった」と回顧する。自分の仕事のペースが乱されたことが理由だった。大工の正やんチャンネルを巡り、議論が白熱して親子げんかになることもあった。
 しかし、啓太さんは諦めずに動画の制作を続けた。投稿するたびに周りの評価を聞き、改善を繰り返した。「1本1本できることをしっかりと確実に行い、1ミリも妥協をしたことはなかった」と語る。そんな姿を間近で見ていた正やんは啓太さんの情熱を少しずつだが感じるようになっていったという。
 当初は動画の制作に時間を費やし、投稿本数も少なかった。このため、最初の1カ月はチャンネルの登録者数が10人程度で思うように伸びなかった。だが、3本目の動画が〝バズった〟。板を割らずにくぎを打つという大工の豆知識を紹介する内容だった。約3分の動画の視聴回数が瞬く間に100万回を超えた。
 啓太さんはこの動画をきっかけに、「いろいろな情報を詰め込むのではなく、一つの技術を分かりやすく紹介することに価値があるはずだ」という仮説を立て、検証を積み重ねた。定期的に投稿することを心掛け、大工の正やんチャンネルの完成度を高めていった。
 開設時は1年で登録者数5000人という目標を立てていたが、2カ月で数万を超えた。さらに、ユーチューブの急上昇クリエイターとして広く紹介され、そのタイミングで視聴者の関心の高いテーマの動画を投稿した偶然も重なり、登録者数はうなぎ上りに増えていった。

動画の撮影風景(大工の正やんチャンネル提供)

◆登録者の3割超はプロ
 当初は大工向けのチャンネルを想定していたが、プロの技術は一般の視聴者も興味を持つ。「素人の自分が理解できれば世の中に伝わる」と考え、技術を可能な限りかみ砕いて紹介した。現在の登録者数については、親子そろって「こんなに評価されると思わなかった」と驚きを隠さない。
 チャンネル登録者数が約30万人の時にアンケートを実施した。その結果、登録者の15%が大工、20%は建築関係、30%はDIY・日曜大工関係だった。大工と建築関係を合わせると35%がプロの視聴者ということになる。
 チャンネル登録者の9割以上は男性だ。開設当初から変わらない傾向だが、最近はショート動画の投稿を増やしたことから、登録者の年齢層のボリュームゾーンが55~64歳から25~34歳に一気に若返り、さらに登録者が増えた。
 コメントには全て目を通す。動画の投稿ごとに海外から英語の字幕を求める声があったため、英語版チャンネルを開設するなど、矢継ぎ早に新たなことにチャレンジしている。

◆技術は時を超える
 啓太さんは「うちの一番の強みは昔話ができることだ」と語る。確かな技術は時代を超えて評価される。大工の正やんチャンネルは、失われつつある職人技に光を当てた。
 正やんは「技術はいくらでもある」と職人としての仕事の奥深さを語る。手刻みが主流だった時代は「一般的な家でも建てる面白みがあった」と語る。
 福井県は雪が多く、工程がずれ込むこともよくあったが「施主も1年、2年と待ってくれた」とし、自然と共生しながら大工の仕事が成り立っていた背景を説明する。
 プレカットの導入など合理化を追求した現代の大工の仕事は、「造作の決まり切った家ばかりで同じことを繰り返している。技術を覚えることもできず、面白くなくなって辞める人も多い」という。
 大工に求められる能力も加工技術から仕上げの正確さやスピードへと変化していった。同時に手刻みの技術などを習得する機会が失われた。
 だからこそ、チャンネルの中でも特に多く視聴されるのが大工技術の豆知識を紹介する動画だ。「われわれの世代にとっては当たり前の技術だが、若い人は聞いたことすらないかもしれない」と話す。50年前と現在を比較した動画などにも人気が集まる。
 チャンネル開設以降、仕事の依頼とともに弟子入り志願の連絡も数多く来るようになった。こうした反応やチャンネル登録者数を踏まえ、日本の伝統的技術を伝える役割を意識しながら、次代の大工を育成するための動画の制作・配信も始めた。
 これまでのキャリアを振り返り、「施主さんに喜んでもらうことが一番のやりがいだ」と断言する。同時に職人として妥協しないことの大切さを説く。「1回妥協したら次も妥協する。10回妥協したらゼロになる。言葉は悪いが、それが手を抜くということだ」と語る。
 動画の制作を通じて初めて父親の仕事を間近で見た啓太さんは「本当に職人なんだと改めて感じた」と笑う。難しい作業を一発で決める姿を見て誇らしく思うこともある。
 ただ、今後の進路を決めかねている。啓太さんは3人兄弟の末っ子だが、お兄さん2人は大工ではない。そもそも新型コロナの影響で自身の留学計画も頓挫した。ユーチューブでの成功を踏まえ、「自分が大工を継ぐのが一番きれいな形だ」と考えるが、「クリエイターとして最前線を走りたい」との思いもある。当面は親子でチャンネル登録者数100万人を目指す方針だ。

◆大工仕事は「面白い」
 職人歴50年を超えた正やんは、いまなお、大工の仕事が「面白い」と語る。ものづくりの根底にある技術の魅力に多くの人が共感したからこそ、チャンネル登録者数が40万人を突破した。
 こだわりの強い親子が織りなす大工の正やんチャンネルは、これからも日本の大工仕事の未来を照らし続ける。

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