【石垣の保存技術 後世に】城郭考古学者・奈良大教授 千田嘉博氏 | 建設通信新聞Digital

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【石垣の保存技術 後世に】城郭考古学者・奈良大教授 千田嘉博氏

 石垣修理事業は今、大きな過渡期にある。気候変動や相次ぐ激甚災害により、これまで被害の少なかった文化遺産である石垣にも、変形などの影響が出始めているからだ。城郭考古学者の第一人者である千田嘉博氏は「石垣の文化財修復に不可欠な高度の専門技術をもつ石垣職人が不足している。伝統の技術を共有・継承し“21世紀型”技能者へと変わっていかなければ、文化財石垣を伝えていくのは難しい」と語る。日本が誇る伝統的土木構造物の石垣の未来について聞いた。

ゼネコンの知恵と技術に期待/“21世紀型の技能者”が必要

(せんだ・よしひろ)名古屋市見晴台考古資料館学芸員、国立歴史民俗博物館考古研究部助教授などを経て現在、奈良大文学部文化財学科教授。日本と世界の城を城郭考古学の立場から研究している。城跡考古学の第一人者として、日本各地の城の調査・整備において委員を務める。NHK大河ドラマ『真田丸』では城郭考証を担当した。近著に『歴史を読み解く城歩き信長の城』(朝日新書)など。テレビ出演も多数。愛知県出身、1963年生まれ。

 「城郭考古学」は、城跡の発掘調査、絵図・地図、文字史料など分野横断的に城を研究している。現地調査に重点を置いて研究することで、一般的な文字史料では分からないことが明らかになっている。地震被害を受けた熊本城でも、修復工事に先立ち厳密な発掘調査を行い、石垣や建造物の構造を把握することで修復工事に大きく貢献した。

 現在では城を考古学的に調査・研究することの意義が広く理解されつつある。千田氏は「城郭考古学によって歴史を究明するだけでなく、城の修復・整備まで一貫して捉えることで、貴重な歴史を未来に伝えて、これからの地域づくりに生かせる」と話す。
昨今では適切に整備された城が各地に増えただけでなく、歴史小説やゲーム、映画などを通じて武将が人気を得たこともあり、一般市民の城歩きへの関心が高まった。ただ、「城と聞くと、立派な天守がある姿を想像し、石垣だけでは見どころがないと思いがちだ。注意深く観察すれば石垣にもさまざまな発見がある。数百年前の人々がどのように暮らし、何を考えていたかを知ることができる大切な手掛かりが詰まっている」と話す。

 その石垣の修復には、熟練の石垣職人が不可欠だが、人手不足が顕在化している。学芸員と連携して石垣石材を一石ずつ検証し、剥離しているものは樹脂で接着したり、破断しているものはステンレスピンで結束結合したりするなどの措置が必要だ。その作業は城全体となれば何万個にも達する。「まさに学術的で緻密な作業。こうした新基準の文化財石垣の修復方法は、伝統技術を身に付けた上で、最新の研究成果を理解し、現代工法への対応力を柔軟に備えた21世紀の技能者が存在してはじめてできる。伝統技術を誇るだけの石垣職人のままでは、これから求められる文化財石垣の修復はできない」

 石垣修復の在り方がターニングポイントを迎える中、現代の社会に合わせながら伝統の石垣技術をより良い形で継承発展させる必要がある。こうした背景もあり、2008年に中世時代以来の石垣技術を保存・継承する団体として、石積み技能者を中心に技術関係者や研究者らで構成する「文化財石垣保存技術協議会」が発足した。千田氏もその一員として技術の研究と継承に取り組んできた。

築城当時の姿を残す貴重な建物群がある彦根城。 垣や堀も良好に保存されている

◆積算技術の確立目指す
 12年には協議会が、伝統的な技術または技能である「文化財の保存技術」のうち、保存の措置を講じる必要のある「選定保存技術」の保持団体に認定された。これは「技能棟梁による研さんや技能者の育成、さらには技術の公開に対して、国から高い評価を受けたことの表れだ」と実感する。「石垣はもちろん、それを守り、積む技術そのものを文化財として高く評価する時代になった。最先端の知見をオープンにして、学ぶ意欲のある石工に伝えていこうという動きは、大きな進歩であり成果だ」と意義を語る。伝統の石垣技術の継承発展に向け、確たる基盤ができ上がった。

 工事発注でも「協議会の役割は極めて大きい」という。かつては石垣の修理は自治体が公募し、誰でも応札できる状態が続いていたが、伝統的な石垣技術が文化庁による選定保存技術に位置付けられ、指名競争入札などで工事を適切に受注することが多くなった。ただ、「石垣は千差万別で、多様な時代の石垣の集合体である」ことが課題となっている。歴史をたどっても、自然石を積んだ野面積みから、人工的に石を割って形を整えた切石積みに進化した経緯があり、ひとつの城にも近世初頭から幕末、近代以降に修理を重ねて複合的な石垣が残る。一つの石垣面に何時代もの修理跡を読み取れる場合が多く、適切な修復費用を積算するのは容易ではない。

 こうした状況を踏まえ、協議会は適切な積算基準を確立するため、石工の実務を踏まえた積算基準のフレームづくりにも取り組んでいる。「石垣に関わる技能者が夢をもって仕事を続けられ、若者が安心してこの業界に飛び込んでこれる環境を整えていきたい」と語る。

◆調査技術が進歩
 昨今の石垣修理では、航空レーザー測量や三次元計測などの新しい調査技術を取り入れている。かつては草木に覆われ、従来型の航空写真測量では遺構を適切に把握できず、現地での測量が欠かせなかった。また細かな石垣の変形を把握するのにも手間がかかった。これが技術革新により、石垣がどの程度変形しているかをデジタルデータ上の任意の位置で断面をとって観察できるようになった。「まさに夢のような劇的変化が起こった」

 また石垣の維持管理や修復計画を立案する上で、築石の控え(奥行きの長さ)、栗石層の厚さ、地盤中の空洞や緩みの有無など、その内部構造を知ることは非常に重要となる。一方、貴重な文化財を破壊することにつながる解体調査は極力避けなければならない。デジタル調査による石垣背面構造の探査が実現したことで、非破壊で内部構造を知ることが可能になった。ただ「変形が進み修理が必要な城石垣は全国に数多くあるが、こうした最新の調査方法は、まだ広く採り入れられているとは言い難い。文化財石垣を適切に、効率的に守るために、新しい調査方法を広めていきたい」

◆安全確保に課題
 東日本大震災や熊本地震を契機に、石垣の安全確保の問題も顕在化した。「城には多くの市民が訪れる。石垣が崩れると、命を失うことにもなりかねない。高度な安全性を確保することが求められる公共工事だからこそ、伝統工法だけでなく、最新の工法も柔軟に採り入れ、安心・安全な強い石垣を築く必要がある」。今後は伝統的な石工にとっても、現代の工法に柔軟に対応することが必須となるため、試練の時でもある。
熊本城での石垣修理は、どこを補強すれば石垣の安定につながるかを徹底的に実証する実践の場でもある。

 施工を担当した大林組は、石垣の背面に積まれる栗石(ぐりいし)層に敷設して大規模地震時の石垣の崩壊を防止する補強材「グリグリッド」を開発・提案し、熊本城天守閣石垣の一部で補強工法として採用した。伝統的石積み手法を阻害せず、耐震性を向上させた。千田氏は「日本の城の石垣を守るためには、ゼネコンがこれまで培ってきた最先端の知恵と技術力、総合力、応用力が必要だ。いまこそ、その力を発揮していただきたい」と期待を寄せる。

 城といえば、どの武将がつくったのかという説明で事足りると思う人もいるかもしれない。だが、「つくった技術者にも思いをはせつつ城を歩けば、もっと楽しんでいただけると思う」と、城郭巡りの新たな楽しみ方を発信する。



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