【多様に広がる建設ICT活用①】蓄積データの利活用時代へ | 建設通信新聞Digital

5月2日 金曜日

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【多様に広がる建設ICT活用①】蓄積データの利活用時代へ

 建設ICTの活用は多様な広がりを見せ始めた。これまで企業は情報をデジタル化することに注力してきたが、これからは蓄積したデジタルの情報を利活用する時代に入ろうとしている。デジタルデータ活用の目的も進め方も企業によって大きく異なり、その到達点への道筋も一つではない。生産性向上や品質確保、そして省人化や自動化へと進む建設ICT活用の流れは多様な色合いを強めている。目的をきちんと見定め、そのために何を最優先で取り組むべきか。関西の舞台を中心とした建設ICT活用の最前線から、そのヒントを探った。

大阪・関西万博の統合モデル


 土木分野のデジタルデータ活用は、国土交通省のBIM/CIM原則適用をきっかけに“深化”の道筋が見えてきた。設計領域を担う建設コンサルタントは自らの生産効率化を目的に3次元データ活用を推し進める中で、蓄積したデータを使って煩雑な作業を自動化する。施工者も同様だ。生産計画の情報を一元化することで、これまで苦労していた手入力の作業を減らし、現場担当者がより本業に力を注げるような体制を形づくる。

 設計や施工の蓄積データは維持管理段階の貴重な情報源となり、建設段階から管理の最適化を見据え、蓄積した情報をベースに細かくシミュレーションする流れも出てきた。ドローン測量のデータはより高度化し、自動走行でより正確で緻密な計測も可能になったことから、取得データを施工に有効活用する流れが鮮明になっている。

 デジタル化の進展に呼応するように、建設コンサルタントや建設会社のサポート役となるBIM/CIM活用をコンサルティングする職能も確立されつつある。国を挙げてインフラDX(デジタルトランスフォーメーション)に舵を切った背景もあり、土木分野でもスタートアップ企業の活躍が目立ち始めてきた。

 BIM導入を出発点にDX領域に足を踏み入れる企業も数多く見られるようになった。企業の中にはBIMの推進部署を発展解消しDXを旗印にデジタルデータの利活用を先導する組織を発足する流れもトレンドになろうとしている。BIMは建設情報のデータベースであり、そこに蓄積した情報をより効果的に使うことが建設DXの第一歩になるからだ。

 組織設計事務所では意匠、構造、設備の各部門がBIMを軸につながる統合モデル化の流れが目立ち始めた。各部門が同時並行で作業を進めることができることから、設計チームのあり方も統合モデル化の流れを反映する編成になり、デジタル化を背景に組織体制にも変化の兆しが出てきた。

 BIMの高度化にはCADオペレーターのスキルアップが強く求められ、企業にとっては最適なBIM人材の確保が急務になっている。企業と人材をつなぐキャリアパスの枠組みを構築しようとする動きも出てきた。企業がDX戦略を強める中で蓄積データを利活用するデジタル人材という新たな役割もクローズアップされている。

 BIMプロジェクトではCDE(共通データ環境)を構築し、クラウドプラットフォームを使った関係者同士の情報共有が主流になりつつある。施主も含めてプラットフォーム上でのやり取りが定着しているゼネコンも少なくない。中には完了検査の情報共有に挑戦する動きもあり、建設プロジェクトにおけるクラウド活用の流れは急速な進化を遂げようとしている。

 国が3次元都市モデル「PLATEAU」の公開を始めたことも、デジタルデータ活用の新たなきっかけをつくろうとしている。個別の建物情報としてのBIMを都市の面的な側面からつなぐことで、日照や風などの建物解析だけでなく、テナント情報などとも組み合わせれば、人流解析の切り口でもデータを活用できるようになる。2025年4月に開幕する大阪・関西万博の整備でBIM要件が位置付けられたことも建設デジタル時代を象徴する動きの1つだ。本特集で紹介する建設ICT活用の事例は、わが国の建設デジタル化の流れを映し出す先導的な取り組みに他ならない。

大阪駅周辺を分析した応用技術の3次元ウェブGISプラットフォーム「まちスペース」



インタビュー・東畑建築事務所 米井寛社長
BIMで「新たな設計概念」/「つくる」から「つかう」へ

東畑建築事務所 米井寛社長

 設計業務におけるBIMの活用は、当社においても着実に進んでいる。特に計画から基本設計段階では、全プロジェクトの約8割を占めるまでになった。新入社員向けのBIM教育を充実させており、入社後半年間の研修期間中にBIMを使った設計課題に取り組み、実際の業務に備えている。中堅クラスまではBIMが浸透し、社内の抵抗感はなくなった。今後は実施設計でのBIM比率をさらに高めるが、そのためにも幹部クラスがBIMを扱える環境を整備する。

 BIMは当初、設計の可能性の拡大と生産性の向上を目指し導入された。BIM活用案件の作業時間分布を検証した結果、フロントローディングによる平準化の効果が確認できた。「実施設計のピーク」を抑えることで、総勤務時間や人員配置の適正化を図りやすくなる。また、BIMは複雑な形態にも対応でき、手描きの時代と比べて表現の幅は明らかに広がった。

 2次元CADは手描きをデジタルデータに置き換えるだけだったが、BIM作業では設計者は常に3次元を構想しながらデジタル空間上に建築を創造する。つまり生成のプロセスが従来とは全く異なり、設計概念を変容させる必要がある。当社ではBIMは原則として設計者自身が扱うこととしているが、それは、新たな設計概念を身に着けるためであり、デジタル空間上で「手を動かす」ことによる新たな空間創造を期待するためでもある。

 BIMはコミュニケーションツールというもうひとつの役割をもつ。個々の設計者がイメージしていることがBIMによって可視化され、設計チーム内での議論が誘発される。同時にこれが発注者や施工者と共有されれば意思疎通が進む。

 設計BIMモデルが施工段階、維持管理段階で一貫して活用されることが理想だが、設計BIMと施工BIMの精度の違いや責任分担の観点から、これが必ずしも実現していない現状がある。したがって当社では、設計BIMモデルをリファインして維持管理段階で活用するサービスを発注者に提供する取り組みを進めている。これは、例えばBIMモデル上の機器オブジェクトと取り扱い説明や修繕履歴などをリンクさせる機器管理支援や、将来の改修に向けたデジタルツインの構築などのBIMを使ったファシリティマネジメントであり、新たなビジネスの創出にもつなげたいと考えている。

 これまではBIMモデルを「つくる段階」だったが、今や「つかう段階」に入っている。これは、設計、施工といういわば「供給者」にとってのメリットの追求だけでなく、建物ユーザーにとってのメリットも視野に入れた技術開発をしていくことを意味している。ICT全般については、次の技術といえるコンピューテーショナルデザインによる設計事例も増えてきた。BIMを標準装備にした上で、コンピューテーショナルデザインやAI活用も含めたDXに注力する。技術の進化は設計者の意識の変容を伴って行われるが、その意識はDXを自己目的化するのではなく、クライアント本位や社会への貢献といった、当社の理念の実現に向けられることを目指す。



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