【明日のパレット(3)】建築家は旅人/環境建築家・環境デザイン研究所会長 仙田満 | 建設通信新聞Digital

6月19日 木曜日

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【明日のパレット(3)】建築家は旅人/環境建築家・環境デザイン研究所会長 仙田満


 建築家は旅人でもある。私は子どもの頃から歩き回ることが好きだった。私が生まれたのは横浜の保土ヶ谷という宿場町であった。谷の町で街道に並ぶ町屋が私の原風景である。防空壕のある丘をいくつも越えて歩いて1時間半ほどの所に第二次世界大戦で亡くなった英人墓地があった。

 その墓地に初めて入った時、その美しさにとても、子ども心に感動した。こんなに美しい所があるのだ。その感動がそのような美しい場をつくるということに後年つながった。

 今年5月の連休が明けて、他の用事と重なり竣工式に行けなかった自分の設計した建物である滋賀県近江八幡市の野球場、カローラ球場を確認しながら、近江八幡の比叡山を越えて京都までの小さな旅を思い立った。一泊二日の老夫婦の旅である。最近読んだ『星野リゾートのおもてなしデザイン』(日経BP社)という本の中で紹介されていたロテルド比叡という小さなホテルを予約した。

カローラ滋賀はちまんスタジアム


 以前にも現場に来ながら近江八幡はそれなりに歩き回ってはいたが、いつも時間に追われて、今回こそじっくりと日牟禮(ひむれ)八幡宮を見たいと考えた。近江八幡の菓子屋として有名なたねやの近江八幡日牟禮ヴィレッジ店という古民家風の和食料理屋で食事をして、八幡宮をしっかりと歩き回った。なかなか美しい神社である。なによりも拝殿が圧倒的な舞台となっている。この拝殿と本殿の形式との関係がとても美しく感じた。祈る場と食事をする場、そして、美しい川の風景、古い町並みは、多くの人により良い居心地を与えている。

日牟禮八幡宮


 そして近江八幡といえばヴォーリズだが、彼は日本の女学校建築を数多く手掛けている。牧師として来日し、建築家としても活躍した。そしてメンソレータムという薬でも大成功した企業家でもあった。レーモンドにくらべると、日本の近代建築界に対しての影響力は多くないと評価されるが、その教育空間はやさしさあふれる空間で、ある意味でわが国の、特に女子教育の空間の一つの型となったのではないかと思える。

 武道家で神戸女学院大学教授だった思想家の内田樹氏は、ヴォーリズの空間を教師の声が通る空間として高く評価している。神戸女学院もヴォーリズの設計だ。声が通り、教える側も教えられる側も心温かくなる空間としても評価されていることに建築家としても学ぶ所は大きいと思われる。

 ヴォーリズが住んだ家を訪ねる。その慎ましい佇まいに好感を覚える。比叡山の中にあるロテルド比叡に一泊して、次の日、深い霧の森の中の朝だった。比叡山延暦寺は30歳ごろに訪れた。宿坊に泊まり、座禅を組んだが、50年も前のことで、それがどういう空間だったかあまりおぼえていない。

根本中堂の解説


 しかし、今回工事中だった根本中堂のすごさに圧倒された。内陣、外陣、中陣の構成が抜群である。内陣は石畳の空間で、一般者は外陣、中陣という内陣よりも3mほど高い所から拝む。現代的にいうならば、内陣は吹き抜け的な空間になっていることを発見した。仏様は内陣から少し高い位置に座している。このような空間構成は今まで見たこともなかった。そこに比叡山の奥深さを感じた。たぶんそれはオペラ舞台とオーケストラピットとの関係にも通ずるものがあると思われた。そこでの読経の深さが鳴り響くようだった。

 そして今回、三千院では、雨の中、新緑の庭園が美しく、また、院前の小店の造りもとても感じが良かった。知恩院の正面石段の奥へ奥へと導く力におされ、なんとか力をふりしぼって登り切った。その奥の殿舎の凛とした美しさに感激する。

三千院前


知恩院


 最後は、三十三間堂をまわった。修学旅行の時に来た思い出がある。あれから70年近くたつ。とても多くの外国人観光客でにぎわっていた。その中でも三十三間堂には千体といわれる仏像に圧倒され、その回遊路もとてもデザインされていると感心した。一周150mほどの長さであろうが、とても豊かな気持ちにさせる空間だった。日本が世界に誇るべきディスプレーデザインではないかと思える。

三十三間堂


 京都には15年ほど前に放送大学で環境デザイン論を講じた時に、東福寺をはじめ、歴史的な廊空間を訪ね、紹介した。今回のわが国の歴史的な空間への小さな旅は、放送大学の時ともまた、そして若い時とは異なる気づきと感動を与えてくれた。わが国の木造建築の力強さも、そしてその長命力もあわせて感じた旅だった。これからもたびたび国内の古建築を再び訪れたいと改めて思った。わが国の建築力の伝統に力を与えられた旅であった。

(写真は全て仙田氏提供)

 このシリーズは、建築家の方々に旅と建築について寄稿していただいています。次回は小堀哲夫氏です。

 

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