◆緑と共生、まちに開かれた「杜の庁舎」/公園を主役に新たな景観創出
横浜市の最西部に位置する瀬谷区は、同市内にあって自然環境に恵まれた街としても知られる。その豊かな緑空間を象徴するのが二ツ橋公園と一体的に建替え再整備された『瀬谷区総合庁舎』だ。区庁舎整備では同市初のPFIを導入したこの事業。設計を担った建築家で環境デザイン研究所会長の仙田満氏は「主役は公園であり緑。その背景となる建築のあり様を考えた」と語る。
仙田氏は、市中央部の保土ケ谷区出身だが、瀬谷は父方の祖父が生まれた「仙田家ゆかりの地」であり、「子どもの頃はよく遊びに来た」という、原体験を形づくった場所の一つでもある。「区民のための杜、杜の庁舎」をテーマとした、このプロジェクトでは、「ケヤキがとても美しい場所で、サクラやイチョウなど土地の記憶を残す大径木が多数存在していた。この環境をどう守っていくかというところを集中してお手伝いした」とふり返る。
「あらゆる公共施設は子ども連れの人たちが来やすい場所でなければいけない」という年来の持論からも「豊かな緑をできるだけ保全・活用しながら、誰もが気軽に立ち寄り、安らぎや憩いの場となるよう公園を主役とし、その背景として庁舎が建つという新しい景観の創出」を提案した。
庁舎敷地と、これに隣接し地盤が高い公園敷地の高低差を生かすことで、緑豊かな公園から庁舎2階にあるメインエントランスにバリアフリーでアクセスできる。「建築とランドスケープ、内と外の関係性をいつも考えている」というように、公園は庁舎のアプローチ広場でもあり、その一体感ある佇まいは、まさに「杜の庁舎」のコンセプトを明確に実現したものだ。
庁舎は区役所、公会堂、消防署からなり、旧公園の東半分と地下駐車場の上部を連続した公園として再整備した。区役所の待合スペースと公会堂のホワイエは連続的に公園側に配置され、日中は施設側から公園の緑が映え、夜間は公園側からホワイエなどのアクティビティが明るく浮かび上がる。「建築の側から緑が楽しめる視点も重要になる。ここでは地域の中心になる空間を公園と捉え、そこに寄り添う形で建築があり、外部の緑空間、公園に視線が集まるつくり方をしている」とも。
公園は、南側の「遊具広場」と北側の「自由広場」で構成され、相互を緩やかな斜面や回遊園路で結び、一体的な利用を可能としている。遊具広場は、ケヤキ、イチョウなどの既存の大木を保存しながら円形のオープンスペースやオリジナル遊具を整備し、緑豊かな遊びと憩いの場をつくり出している。自由広場は、地下駐車場の上部に新たに設けられ、開放的な芝生広場と周辺の緑地・休憩スペースで構成している。この2つの広場の間を庁舎2階へのアプローチが象徴的に貫いている。
公園と庁舎は、自由な行き来と一体的な利用を前提に、分かりやすい動線や統一感のあるデザインにも配慮した。公園と庁舎の境界沿いには「とおり空間」を設けて明快な南北軸の動線を構成している。
事務所名にあるとおり、建築にとどまらず地域・都市や造園、インテリア、インダストリアルデザイン、遊具、ファーニチャーなど、あらゆるスケールの環境をデザインしてきた。中でも次世代を育む、子どものあそび環境のデザインは一貫したテーマでもある。それだけに「日本には緑と共生する建築が必要だ」と説く。
「良い景観をつくっていくのは建物と距離と緑の関数」だとも。2021年刊行の書籍『遊環構造デザイン』には街並み景観に関する「個体距離」という章がある。そこでは「建築と緑、建築間の距離が良い景観をつくる上で必要」だと主張する。2階建ての戸建て住宅の場合、結論としては「高さの2倍、およそ12mの離間が適正な距離」という。この距離は「京都の町家のようにデザインが共通化していれば近づけられるのではないか」という仮説を立てながら、実験と検証を重ねてきた。「緑も個体距離を縮める有効な手法」とも。他方、「いまの日本はデザインがバラバラで個体距離がゼロなのですごくハレーションを起こしており落ち着かない」と指摘する。
だからこそ「デザインの力をもっと認めてほしい」と訴える。財政が厳しい時代であるからこそ、「限られた財源でより高い効果を上げるようなことを、山積する社会課題を逆手にとって地域をどう活性化し元気にしていくかを考えていくことが求められる」と力を込める。
「建築は総合学問であり、ハードもソフトも含めて良いアイデア、良いアクティビティ、良い空間をつなげていく必要がある。人が集まる建築、居心地のいい建築をつくる。まちの誇りと思えるような場所をつくっていくのが建築家の役割であり、困難な状況にこそ、新しいアイデアを見いだし、それを実行していく、その突破口はあるのだと思っている」
(写真はすべて環境デザイン研究所提供)
建築家の力発揮へ質的評価が不可欠
東工大卒業後、仙田氏が菊竹清訓建築設計事務所に入って最初に設計を担当したのが横浜市と町田市にまたがる「こどもの国」であり、「子どもの遊び環境の領域を柱にするようになった源の仕事」だと語る。その後、1968年に独立、環境デザイン研究所を設立して間もないころ、横浜市から公園緑地調査を受託した。その成果をもとに市が年4回発行する調査季報に発表したのが「斜面緑地論」だ。「横浜は高さ30m前後の丘陵地が連なり、それがケビン・リンチのいうedge(町の輪郭)のイメージを与え、ある意味での境界を形成している。平面的な緑地に比べると斜面緑地の方が見えがかりが大きい。都市計画上、都市景観的にも重要であり、無秩序な宅地開発で失うことなく、斜面緑地はすべて風致地区に指定すべきだ」との論を張った。
調査当時、約9500haと市域の4分の1を占めた緑地は「いま2000haぐらいしかない」という。公園の利用率も70年代に比べて2010年の調査では「10分の1から30分の1まで低下していた」と子どものあそび環境をめぐる状況変化に憂慮を隠さない。
例えば「世田谷区にある羽根木プレイパークのように人のいる公園、あるいはカフェや保育園がある公園でもいい。人の目がたくさんあることが大切だ」と語る。
他方、「公園利用にも規制が多く、なにか不具合があると住民同士で解決しようとしないですぐに役所に行く。そうではなく、住民の共有財産として、住民の皆さんで話し合っていくことが大事だ。いまコモンスペースが危うい状況となっている中で、ネットコミュニケーションといった新しいコミュニケーションの在り方も含めてコミュニティーを形成しながらまちづくりに取り組まなければいけない」と提起する。
先進国の中でも日本の子どもの自殺率が高いことにも言及。「問題の原因はいろいろあるだろうけれども、学校がわくわくするような場所だったら、自分の居場所があるような学校だったらどうだっただろうか。その意味で建築家の責任は重い」と語る。
「日本の学校は基本的に200年前ぐらいにロンドンの教育学者ランカスターがつくった規律重視型のスタイル。規律を教え込むための教室をただのハコとして設計入札をしてずっとつくってきた。もっと子どもたちが自発的に学ぶ学校のスタイルをみんなで考えてつくっていかなければいけない」とし、そのためには「くじ引きや順番で設計の仕事が回ってくるのはおかしい。やはり競争的なところで新しいアイデアやデザインが生まれてくるのではないか」と強調する。日本の都市には「緑が少なく、自由になる空間も少ない。逃げ場がなく遊びもない」という中でも「横浜には地形的に遊びのある場所が多くポテンシャルは非常に高い」だけに、「まちの人たちの力を、そして職能人としての建築家の力を最大限に振り絞ることでやれることはもっともっとあるはずだ」と思いを定める。
◆横浜市瀬谷区総合庁舎および二ツ橋公園整備事業
老朽化した瀬谷区総合庁舎(区役所・公会堂・消防署など)と隣接する二ツ橋公園を一体として整備するため、BTO(建設・譲渡・運営)方式のPFI手法を採用。2008年9月に総合評価一般競争入札で大和リースを代表企業とするグループを落札者に決定し、同年12月に落札者が設立した「グリーンファシリティーズ瀬谷株式会社」と特定事業契約を結んだ。同社は事業マネジメントを担う大和リースのほか、ハリマビステム(維持管理)、共立(公会堂運営)を構成員とし、協力会社は鹿島(建設)、NTTファシリティーズ(設計、工事監理、オフィスデザインアドバイザー)、環境デザイン研究所(同)、日本レストランエンタプライズ(食堂・売店等経営)で構成。契約金額は108億9808万5235円(税込み)。契約期間は26年3月31日まで。10年1月に工事着手し、同年11月に公会堂、12年3月に区役所と消防署、13年4月には公園と駐車場の供用を開始した。
▽所在地=横浜市瀬谷区二ツ橋町190
▽主要用途=区役所、公会堂、消防署、都市公園
▽敷地面積=1万3886㎡
▽延べ床面積=1万9050㎡
▽構造・規模=RC・SRC造地下1階地上5階建て塔屋1階
▽建築主=グリーンファシリティーズ瀬谷
▽設計・監理統括=仙田満
▽設計・監理=NTTファシリティーズ・環境デザイン研究所設計・工事監理共同企業体
▽施工=鹿島横浜支店
▽設計期間=2008年10月-09年12月
▽工期=2010年1月-13年3月
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