特集・建設通信新聞75周年・第2集 | 建設通信新聞Digital

6月27日 金曜日

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特集・建設通信新聞75周年・第2集

(左から)岩田氏、平田氏、蓮輪氏
【鼎談・改正建設業法が開く未来/新たな商習慣への転換期】
 2024年6月に公布、順次施行されている改正建設業法をはじめとする「第3次担い手3法」は、持続可能な建設業の実現に向けた担い手確保、生産性向上、地域対応力強化を主な目的としている。中核となる改正建設業法では、技能労働者の処遇改善に向け、適正な労務費の確保と行き渡りなどを図る。また長年、「請け負け」とも揶揄(やゆ)された民民契約の世界にも一歩踏み込み、適切なリスク分担や価格転嫁などによる受発注者の対等でウィンウィンな関係の構築を目指す。新たな商習慣の確立を見据えた転換期と言えるいま、国土交通省、元請事業者、専門工事業者の各立場から、特に課題が多いとされる民間建築市場を中心に、改正建設業法がもたらす未来などについて語り合ってもらった。国土交通省不動産・建設経済局長 平田研氏
日本建設業連合会副会長・建築本部長 蓮輪賢治氏
建設産業専門団体連合会会長 岩田省吾氏

【総価請負契約の原則に踏み込む】
--資材高騰分などの価格転嫁を促す施策展開について。その背景と具体的な措置内容、受発注者それぞれに求められる取り組みとは

平田 近年、資材価格が高騰しており、その上昇分をサプライチェーン全体で適切に転嫁できるかが課題となっている。特に、担い手確保が一層重要となる中、労務費に資材価格高騰のしわ寄せが及ばないようにする必要がある。民間工事の状況をみると、約6割で契約書の変更に関する取り決めが盛り込まれておらず、建設業者が変更協議を申し入れても、門前払いされるケースが多いという実態があった。
 これを踏まえ、改正建設業法では、価格高騰に伴う請負代金の変更方法を契約書の法定記載事項として明確化した。また、価格転嫁に伴う協議円滑化に向け、契約前の段階から資材高騰リスクを契約当事者の双方が共有し、実際に資材が高騰した際には、注文者は受注者からの協議に誠実に応じるよう求める新しいルールを定めた。
◇改正業法定着へ業界が取組推進
蓮輪 民間工事が主体の建築事業者にとって、大変意義深い改正だった。今後は、われわれ業界側がしっかりと取り組んでいくことが大切で、発注者と受注者、そして元請けと協力会社の間でのコミュニケーションの深化を図り、双方の合意に基づく適正な契約の締結に努力する必要がある。今回の改正内容を定着させることにより、請負の商習慣を変革していくことが肝要だ。
 年内をめどに、中央建設業審議会で議論が行われる予定の民間建設工事標準請負契約約款の改正の中で、価格などの変動に基づく契約変更に関し、改正建設業法で追加された「請負代金の額の算定方法」について、日建連からもいろいろと提案したいと考えている。
 昨今の社会全体での賃上げ、価格転嫁の動きも後押しとなり、発注者の理解は進みつつあるが、継続的に会員企業に対して適切な法令の運用を徹底していきたい。価格転嫁が普通に行われることで、建設事業に携わる全ての人々の処遇改善が実現し、担い手の確保につながっていく。
岩田 民間建築市場の実態として、工事の超大型化によって着工までの期間が長くなるなどした結果、技能者を確保するために、これまでにない課題やコスト負担が生じている。価格転嫁は実際のところ難しく、特に地方では「夢物語」と言われることもある。ダンピング(過度な安値受注)は元請けだけでなく、協力会社でも依然として行われている。
 一番の課題はマインドにあるのではないか。建設業だけでなく、日本全体が長らく停滞した中で、どうマインドを変えるかという問題に突き当たる。法律が変わったからといって、明日からすぐに変わるということはない。元請けの所長などとともに、いろいろなことを膝詰めで一緒に考えていく姿勢が重要だ。
◇停滞マインドの変革が第一課題

--年内の施行が予定されている「標準労務費」とは。また、労務費を行き渡らせるための実効性確保の方策は

平田 これまで民間工事では、労務費に関する明確な物差しがなかった。標準労務費は公共・民間を問わず、受発注者間、元請け・下請け間や下請け同士、全ての段階で確保すべき適正な労務費の基準となる金額として定められる。これは適正な労務費・賃金の支払いによる処遇改善を通じて担い手を確保し、建設業を将来にわたって持続可能にすることが、業界全体や発注者、ひいては国民全体の利益になるという考え方に基づいている。
 元請けの裁量に委ねられていた労務費や必要経費について、確実な確保と行き渡りを目指す制度である。これは総価請負契約の原則に踏み込んだ、商習慣を変えようとする取り組みであり、業界全体にとって非常に大きな変革だと考えている。各事業者には、適正な水準の労務費を内訳明示して工事代金の見積もりに盛り込み、受け取った事業者はその分をしっかりと支払っていただきたい。まずは見積もりを出すこと。これがいろいろなプロセスの基本になる。
 実効性確保に向けては、契約締結段階の「入口」の施策として、標準労務費の運用方針や見積書様式例の提示などを考えている。賃金支払いの「出口」では、適正な労務費や賃金の支払いを契約上で担保する、いわゆるコミットメントの取り組みなどを進める。これまで積み重ねてきた施策の延長線より「上」に位置する対策を講じなければならない。また、建設Gメンによる調査は、特定の規模の工事や建設業者、時期に限定することなく、業界全体を対象に実施している。必要に応じて、技能者への賃金支払い状況も調べ、改善指導などを行っていく。
◇内訳明示の見積り提出が出発点に
蓮輪 建設業は他産業に比べて賃金が低い状況が続いてきたことから、日建連では技能者の賃上げに向けて「労務費見積り尊重宣言」に基づく取り組みを進め、会員企業の実施率は直近で9割超にまで高まった。しかし今なお、全産業平均の賃金水準には達しておらず、より一層の取り組みが求められる。
 2月の石破茂首相との車座会談では、民間工事も含め、技能労働者の賃上げについて「おおむね6%の上昇」を目標とすることを申し合わせた。日建連として、特に技能労働者への適切な賃金支払いについては、1次の協力企業に確実に要請するとともに、直接の契約関係がない2次以下の協力会社に対しても、1次の協力企業を介して順次、確実に依頼するよう求めている。このような状況からも、年末の策定を目指して議論されている労務費の基準には大いに期待している。

 岩田正吾(いわた・しょうご)氏 1983年3月大阪府立成城工業高校卒、同年4月常磐工業入社。85年家業の正栄工業に。取締役副社長を経て、2002年6月から社長。業界活動では、建設産業専門団体連合会会長のほかに、全国鉄筋工事業協会会長、関西鉄筋工業協同組合理事長なども務めている。
 平田研(ひらた・けん)氏 1991年3月東大法学部卒、同年4月建設省(現国土交通省)入省。土地・建設産業局建設業課長、長崎県副知事、官房総括審議官兼官房地方室長などを経て、2024年7月から現職。
 蓮輪賢治(はすわ・けんじ)氏 1977年3月阪大工学部土木工学科卒、同年4月大林組入社。技術本部副本部長、テクノ事業創成本部長などを歴任し、2018年3月に社長就任、25年4月から取締役副会長。日本建設業連合会では18年4月から副会長を務め、21年4月から建築本部長も担当している。
【適切な支払いを下請けに確実依頼/標準労務費で技能者の権利明確化】
蓮輪 下請け取引の適正化や労務費の行き渡りに取り組んでいるが、昨今の資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せを防止するためには、元請けだけの努力では限界がある。発注者による適正な請負代金の設定や早期支払い、適正な価格転嫁が不可欠だ。特に、法律上の規制がない民間発注者からの支払いは概して遅く、中には引き渡しまでに一切支払いがないどころか、引き渡し後60日を超えてようやく支払われるケースもある。国交省には、サプライチェーンの出発点である民間発注者から早期の支払いがされるよう強く働き掛けてもらいたい。
◇専門工事の経費は業界全体で議論を
岩田 標準労務費は、仕事の繁閑に関わらず、最低限必要な賃金を見える化する基準として非常に期待している。こうした取り組みは、意識が変わってきている証拠であり、真面目にやっている所長や親方と一緒にどう乗り切るか、話し合うべき時期に来ている。一方で、真面目に取り組んでいる元請けや協力会社が、損をしない制度にする必要がある。ブローカー的な下請けや、労務費に手を付けて利益を出しているような元請けは是正されるべきだ。そうしなければ、優秀な元請けや下請けが不毛な競争環境に追い込まれる。
 技能者の視点に立てば、権利の明確化につなげるべきで、建専連の8業種10団体が最低年収という形で過去に公表したのは、資格と経験年数に基づく最低限の賃金水準を示すものであり、これを「最低」でなく「標準」とすると、能力などを理由に賃上げしない口実になる可能性があるからだ。最低ラインは技能者の権利、それを超える部分は親方の裁量権に委ねることが在るべき姿だろう。
 また、積算における労務費と専門工事会社の経費は分けて考えるべきだ。経費はこれまで曖昧な部分があったが、調査に基づいて基準値を決める必要がある。会社によって経費率は違うという意見もあるが、安いところに合わせると、高い品質を保つ優秀な企業が競争に負ける。業界全体で適正な経費について議論し、人を雇用して育成する企業に、お金が支払われるような仕組みにしなければならない。職人不足が深刻化する中、人が集まる元請けとそうでないところが明確になるはずだ。
◇適正な工期設定を官民発注者に要請

--働き方改革をどう進める

平田 担い手確保には働き方改革も重要となる。時間外労働の上限規制適用から約1年が経過し、労働時間や出勤日数に改善の傾向がみられているが、民間工事は公共工事と比較すると、4週8休が確保できてない場合が多い。
 国交省としては上限規制の周知はもとより、労働時間の適正化に向けて、適正な工期設定の働き掛けに取り組んでおり、長時間労働の改善や必要経費の支払いなどについて、厚生労働省と連名で、公共・民間を問わず発注者に対して要請している。
蓮輪 働き方改革、週休2日制の実現については、2017年に「週休二日実行行動計画」を策定、これに基づく取り組みを実施し、23年には4週8閉所・週40時間稼働で算定した真に適切な工期を初回見積もり時に提示する「適正工期確保宣言」も決定した。これらの取り組みなどによって、建設業の時間外労働規制が広く認知され、工期の適正化も大きく進展した。
 担い手確保のためには、給与・賃金と休日を含めた適正な労働時間のセットでの改善が重要だ。特に、夏の猛暑などでの技能者の働き方については、法制度の枠内で柔軟に対応していかないと、担い手は確保できなくなると感じている。発注者には、こうした要因も理解してもらい、適正な労務費に基づいた発注価格を設定してほしい。
岩田 一般産業の水準を目指すのは違うと思う。他産業と同じにしても、入職は期待できないだろう。休み方も含めて建設業ならではの特異性を打ち出して、それを売りにしていくべきだ。次世代の担い手が「この腕で稼げて、家族に良い暮らしをさせられる」と思えることが、厳しい建設業の現実にも耐えられる理由になる。
◇CCUS、建退共をどこでも当たり前に

--民間建築分野で推進すべき施策や取り組みは

蓮輪 民間建築には非常に多様な事業者がいるが、建設業全体のボトムアップや魅力向上には、建設キャリアアップシステム(CCUS)が制度インフラとして重要だ。CCUSの普及推進、履歴蓄積のための環境整備、建設業退職金共済制度(建退共)との連携、発注者の理解促進が必要である。
 CCUSの加入者は160万人を超え、技能者全体の半数以上に相当するなど普及は進んできたものの、就業履歴の蓄積は伸び悩みの状況にある。CCUSも建退共も、建設業で仕事をしたら「当たり前」になること、つまりマジョリティーとなることが非常に大切だ。どの現場や職種でも、「まだ入っていないの」と言われるぐらいにならなければならない。
岩田 技能者の評価と賃金については、欧米並みの視点を持つべきだ。外国人材が全体の5割を超えてくる時代には、国際社会からも認められる適正な対価を支払う必要があり、日本人労働者の賃金もそれに合わせて引き上げるべき。CCUSは、スキルアップのための人材流動化対策につながることを期待している。ある程度普及した段階で、CCUSを活用し、人材が円滑に流動できる仕組みも必要になるのではないか。
 教育体系の整備も喫緊の課題であり、現場のOJT(職場内訓練)だけでは限界があるため、国も関与した議論と財源確保が求められる。重層化については一概に否定するのではなく、正しい重層化の在り方を整理する必要がある。また、CCUSや建退共が普及しない現場、地方自治体による温度差もいまだに存在する。さまざまな課題の解決策を提言する建設業界のシンクタンク的機能が求められる。例えば、中央建設業審議会のワーキンググループを今後も存続させ、短期・中長期のテーマで継続的に議論を重ねてはどうか。

--建設業の持続可能性の確保に必要な視点は

平田 民間建築市場は、建設市場全体の約6割を占める重要分野であり、標準労務費や価格転嫁ルールの周知徹底を通じ、サプライチェーン全体での適正価格を定着させたい。CCUSは処遇確保のための制度インフラとして重要であり、普及を後押しするとともに、レベルに応じた賃金・手当制度を採用する企業の取り組みを広げていきたい。建退共は退職後の安心感のために大切で、民間工事での普及促進に向けて業界団体への働き掛けを継続する。建設業が魅力的な産業となるためには、民間分野の取り組みが非常に大事であり、関係者一体となって取り組んでいく。
◇人材こそ建設業の持続可能性を左右
岩田 設計労務単価ベースにしなければ、優秀な企業が報われないということをわれわれも説明していく必要がある。もう一歩踏み込んで言えば、価格のみを評価する時代は終わったと思う。これからは質の評価だ。質とは何か。お金をもらって人を雇用・育成する企業にこそ、今回のテーマである持続可能性がある。発注者側にも、コストではなく質、持続可能性という目線が必要だろう。労働集約型の建設業において、人材がいないことは、持続可能性がないということと同義だ。