カラフルなうろこで覆われた魚、海辺に置かれた色鮮やかな帽子、今にも飛び立ちそうな鳥–。o+hの大西麻貴、百田有希の両氏が設計した休憩所1は、見ているとさまざまな想像をかき立てられる。この愛らしさあふれる休憩所の出発点は、「訪れたときに記憶に残るものにしたい」(大西氏)という思いだった。これは、「子どもから大人まで誰が見てもその個性が直感的に伝わる」(百田氏)ことを意味し、愛される建築を実現するために2人が追求している「建築を生き物として捉える」ことが、目指す在り方だった。
万博のテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」は、「建築を生き物として捉える」ことと親和性を持っていた。だからこそこの場所では、生き物を彷彿(ほうふつ)とさせる建築をつくる–。その思いを強くした。そこでヒントになったのが、モンゴルの遊牧民が使用するテント型の移動式住居「ゲル」だ。かつてはヒョウやテンといった動物の毛皮や樹皮が使用され、「一見すると本当に生き物に見えていたのではないか」と大西氏はいう。
対象となる敷地で印象的な、心地よい海風やさんさんと降り注ぐ太陽を五感で感じられる空間をつくりたいと考えていた二人にとって、自然環境と密接に結び付いたゲルの考え方はぴったりだった。合理的にスピーディーに建てられる点も、半年という会期の仮設建築と相性が良かった。
こうして考案されたのが、中央の柱を支点に布製の屋根をつり下げた休憩所だ。デッドストックとなっていた赤や黄色、模様もさまざまな衣料用テキスタイルをパッチーワークしたこの屋根づくりには、膜構造を得意とする太陽工業やオーダーカーテンの縫製加工を行う進弘産業、学生、所員たちが携わる。皆が一致団結し、中央から裾にいくに連れ色味が濃くなるように、1枚1枚手作業で貼り合わせていった。
衣料用のため、時間とともに色あせていくというが、それさえもこの施設の魅力で、葉の色が変わるように屋根の色が変化していく様は、まさに生き物そのもの。ほかのどこにもないこの「固有性」が、「生き物のような建築」に欠かせない要素の一つだ。
生き物らしさを考える上でもう一つ大切なのが、「周りの環境と関係を結べること」で、この二つを併せ持つ建築は、「その時代にふさわしい価値観を体現できる」と大西氏。そうした建築が起点となることで、「皆が互いに包摂し合えるような社会になっていく」と信じる。
この休憩所の魅力はファサードだけではない。屋根下の中央には、ロープとメッシュでできたおわん型のハンモック空間が広がる。この場にいると涼しいのは、「下から冷たい空気がじんわりと吹き出しているためだ。冷たい空気は下にたまるという特性を生かし、壁で囲わずとも涼しい空間を実現できた。この空調方式は挑戦でもあった」と百田氏は解説する。
当初は寝そべって休みながら、屋根からにじみ出す太陽の光を感じられるようにと計画した空間だったが、現在では遊び場として、連日たくさんの子どもたちでにぎわう。
これは、百田氏の「建築は壁や屋根、柱でつくることしかできず、どんどんハイテク化していく世界の中で、非常に不器用で不自由なものかもしれない。しかし、工夫次第で言語の壁や文化の違いを超え、そこにいれば自然とどう過ごしたら良いか感じ取ってもらえる建築をつくることができる」という言葉を裏付ける出来事でもある。「環境に合わせて『こういう場所があったら良い』と考えるところから建築が始まれば、柔らかい社会になっていくのではないか」と大西氏が言うように、用途の先に空間が出てくるという考え方ではなく、まずは気持ち良いと感じる場を創出してみることで、利用者が自由に使い方を発見することにつながった。
このようにして出来上がった空間は、仮設建築であってもその記憶はなくならない。「東日本大震災の後、仮設建築として『東松島こどものみんなの家』をつくった。解体された後に利用者の方が『この建築は壊されても、ここで遊んだ時の記憶は子どもたちの心の中に残り続けるはずだ』と言ってくれた」(大西氏)ことは、その証だ。