【次代を担う建築家、大阪・関西万博に込めた思い】小俣裕亮氏/技術と対峙、可能性広げる | 建設通信新聞Digital

10月5日 日曜日

公式ブログ

【次代を担う建築家、大阪・関西万博に込めた思い】小俣裕亮氏/技術と対峙、可能性広げる

トイレ3


 new building officeの小俣裕亮氏は、途切れてしまった、もしくはほとんど使われなくなった建築技術を収集・歴史学的視点でその価値を再考し、新たな意味づけをする「技術の編集者」として、日々設計を追求している。トイレ3では、1970年大阪万博で最先端の技術として注目を集めた空気膜構造を再解釈し、今では鳴りを潜めたその技術の存在意義を世に問いかけた。

小俣氏


 トイレ3に空気膜構造を採用するきっかけになったのが、磯崎新アトリエ在籍時に設計に携わった移動式コンサートホール「アーク・ノヴァ」だ。空気膜構造の建築で、東日本大震災の復興支援として被災地を巡回し、音楽を届けた。

 PVCコーティングしたポリエステル製の膜に空気を送り込み、膨らませてつくるアーク・ノヴァの内部は、暑い日だと室内の温度が上がってしまうという課題があった。しかし、「ホースを使って外表面に水をかけると室内の暑さがかなり緩和された」という。このとき空気膜構造の弱点に触れ、その改善の糸口をつかんだからこそ、「いつか自分の仕事として空気膜構造のデザインに挑戦したい」と思いを強くしていた。

 そのチャンスが回ってきたのが、今回の大阪・関西万博だ。内部の暑さの問題に加え、空気膜構造が普及していかなかった理由の一つとして小俣氏が考える「24時間送風し続けなければ形が維持できない」ことに、技術の編集者として正面から向き合った。

 そうして浮かび上がってきたのが、「24時間空気を入れない」「空気膜屋根の上に水をためる」という二つのアイデアだ。

 木造建物に組み合わせた風船のような空気膜屋根には、「強風時だけ空気を入れて風の影響を抑えている。そうでない日は多少膜屋根が沈んでも、風に揺られても良い。その動作自体が生き物のようで面白いのではないか」と、空気を入れ続けるという固定観念を取り除いた。暑い日はその屋根の上に水をため、屋根内部を冷却。思い描いていたとおり、現場からは夏でも「涼しい」との声が届いているという。雨の日は水がたまりすぎてしまうため、雨を感知したセンサーが反応して屋根が膨らみ、雨水がたまらないようにする仕組みもある。

 空気膜構造を環境に応答する技術に再編集することで存在意義を問い直し、社会に新たな可能性を提示したのだ。

 施設完成後にも、データ計測という重要な仕事が残っている。屋根の内部には温度計が多数取り付けられ、膜内や膜表面の温度変化を計測し、データを蓄積。これを行うのは、「空気膜構造の良し悪しが検証されるべきだから。今回取り入れた工夫で、いまでも十分使える技術であると証明できれば延命できるかもしれない。ただし、延命させることが全てではない。検証の結果、もっと他にふさわしい技術があるということが分かれば、終わらせることも役割だ」と話す。過去からつながる技術の歴史を記録し、次世代に残す。まさに、“編集者”の仕事だ。

 「技術の編集」にこれほどこだわるのは、東大大学院工学系研究科建築学専攻T_ADS学術専門職員時代の経験がある。スイス連邦工科大(ETH)チューリッヒとデジタルファブリケーションの共同研究を進める中、世界のレベルの高さと資本力の大きさを目の当たりにし、率直に「世界を相手にこの分野に取り組んでも勝てない」と感じ、自分の設計事務所が同じような分野に参入する意義を見いだすことができなかったという。

 その経験が、「技術に使われるのではなく、使う側にならなければならない」と決意させた。同時に、「ある技術が途切れた理由に目を向けてほこりを払い、足りない部分を補えば、その技術から新しい意味を引き出すことができるのではないか。開発した人が思ってもみなかった長所があるかもしれない。デザインの斬新さを技術に頼ってしまうと異様なものになってしまいがちだが、いかに感性に訴えかけられるかなど、人間として技術にどう対峙(たいじ)するかを考えることが、建築の可能性を広げる」との信念を強固にした。

 技術の編集を積み重ね、将来的には、「編集した技術同士の横の関係が見えてきたら良いと思う。技術の編集術をまとめていきたい」と意欲を示す。

 

【公式ブログ】ほかの記事はこちらから

建設通信新聞電子版購読をご希望の方はこちら