3Dプリンターを“活用した”建築–。PONDEDGEの鈴木淳平氏、farmの村部塁氏、VOIDの溝端友輔氏が生み出したトイレ7は、3Dプリンター建築のイメージとして真っ先に浮かぶ、構造物の大部分をプリンターで出力した建築とは異なり、S造の躯体に取り付けたパネルのみが3Dプリンターによる部材である点がポイントだ。あえて一部のみに使ったのは、ほかの建材と同じように、「建築のクオリティーを高める選択肢の一つとして、建築界に開きたい」(村部氏)という思いがある。
うねりを描くパネルは、車のヘッドランプやカメラレンズなどに使用されるプラスチック「ポリカーボネート樹脂」を材料に、3Dプリンターで製作。3Dプリンターならではの積層痕が「光を乱反射させ、面白い光の見え方を生む」(鈴木氏)というこの特性を「うまく利用したい」。そう考えて考案したのが、「蜃気楼のような建築」だ。「万博会場にはシンボリックな建築が立ち並ぶからこそ、それらの建築が反射して映り込み、刻一刻と表情が変わる、存在が曖昧になるような建築を目指した」と鈴木氏は解説する。
実際に現地では、来場者が着る服の色のほか、隣接するパビリオンや夜に行われる水上ショーの光がパネルに反射し、ここでしか体験できない印象的な風景を生み出している。
ふんわりとした柔らかさを持ち、カーテンのような印象も与えるこのパネルはどのように生まれたのか。鍵を握るのが、3Dプリンターを使って樹脂の大型部材をつくる際に支障となる“精度の取りづらさ”だ。
これを逆手に取り、「生じるひずみを良さとして受け入れることにした。躯体の鉄骨に干渉しなければ合格というゆとりを持った基準とすることで、面白いものができた」と村部氏。2m超のパネル1枚をつくるのに最大30時間を要し、「交代制でつきっきりになってつくった」というエピソードから分かるように、完全に機械任せにできないからこその「手仕事的な良さ」が、魅力につながった。
建築設計を担当した鈴木氏、村部氏とともに重要な役割を果たしたのが、3Dプリント領域を得意とするVOIDの溝端氏だ。設計、製作と立場の異なる3人がワンチームでタッグを組むことにより、設計段階から綿密に製作実験を重ねることができた。実験・研究費は設計費に含まれないため、協賛を集めることも求められたが、事業の立ち上げや企画、ブランディングも手掛ける溝端氏のノウハウが存分に発揮され、円滑なマネジメントが実現したという。
“閉じない”ことをキーワードに建築に向き合う村部氏だが、まさしく今回のプロジェクトは設計者だけで閉じなかったことにより実現した事例で、協働によって素材の可能性が引き出された。
鈴木氏が建築をつくる際に大切にしている“新しさ”も、今回のプロジェクトの特徴と言える。「一つの建築を完成させるためにたくさんの人が心を一つにして努力するのは、皆がまだ見ぬ世界を見たいからだと思う」。今回のトイレ7も同様だ。建築は人をつなぐ–。「人がいる場所にこそ空間がある」という村部氏の言葉には、過去から現在に至るまで、どの時代も変わらず人が関わり、触れられてきた建築の根幹が詰まっている。